2012年3月13日火曜日

松虫塚

この松虫塚の伝説には、いろいろと伝えられているが、その1つに『後鳥羽上皇(1183~98年)の官女松虫、鈴虫が法然の念仏に発心し、1207年(承元元年)法然が土佐に流されたのちに、松虫がこの地に庵を結び隠棲した所であるとの説(「芦分船」)』。また、『昔、ある人が親友と二人で阿倍野の松原を通ったが、うちの一人が松虫の音に聞きほれ、草むらに分け入ったまま帰らないため、捜しに行くと友人は草のしとねで死んでいたので、泣く泣く友人を葬ったのが松虫塚であるとする説(謡曲「松虫」)』や、ほかにいくつかの伝説が残っている。
所在地:大阪市阿倍野区松虫通1丁目11-5
最寄駅:市バス「東天下茶屋」下車、松虫通り西へ、約100M





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