2012年3月28日水曜日

報恩寺

報恩寺は、大阪府豊中市にある浄土真宗本願寺派の寺院。山号は甘露山。本尊は阿弥陀如来。
○歴史
この寺は、元は金泉寺と称していたが、存覚(1290年-1373年)が入寺して念仏の道場としたのに始まるとされる。現在の寺号となったのは、1594年(文禄3年)のことである。
○文化財
豊中市有形文化財(建造物)
麻田陣屋玄関
○所在地
大阪府豊中市春日町2-6-1


光明寺

光明寺は、大阪府箕面市西小路にある浄土真宗本願寺派の仏教寺院。
○歴史
天文16年(1547年)8月、当地の土井宗喜が本願寺第10世證如法主の直弟子となり、北字小寺に草庵を結ぶ。
明暦3年(1657年)11月、火災を罹る。
元禄3年(1690年)8月に現在地に移転。
宝暦11年(1761年)9月、第12世現住周山が再建。
平成7年(1995年)1月17日の阪神・淡路大震災で被災。
平成15年(2003年)改築す。
○境内
イチョウ:大阪府指定天然記念物(平成12年2月8日指定)
○交通アクセス
阪急箕面線「箕面駅」より、南へ徒歩10分





○所在地
大阪府箕面市西小路2丁目10-31

不動寺

不動寺は、大阪府豊中市にある真言宗醍醐派の寺院。山号は大聖山。本尊は不動明王を中心とする五大明王。開基は、空海(寺伝)。
○歴史
寺伝によると、空海が弘仁年間に諸国巡礼をし、摂津北野村(現在の大阪市北区兎我野町)の地で七光の石を発見、その石をもって五輪宝塔をつくり、不動明王を表す梵字を刻んだという。その宝塔を安置する堂を建て不動堂としたのが起源であるとされている。寺は嵯峨天皇、後鳥羽院などの勅願所となったとされ、豊臣・徳川の厚い庇護を受けるなど、兎我野の不動として、庶民の信仰を集めた。第二次世界大戦では戦乱に巻き込まれ本堂が焼失し、昭和25年(1950年)に本堂を再建するが、寺の周辺の環境の悪化が深刻化になり、伝統行事の大護摩法も行えなくなったこともあり、昭和41年(1966年)に豊中市宮山に移転した。本堂脇の護摩堂や、仁徳天皇が愛したという白鹿堂、第二次世界大戦の英霊を祀る英霊堂は、移転前の建物を解体、移転したものである。
○札所
摂津国八十八箇所第8番札所
近畿三十六不動尊霊場第8番札所



○所在地
〒560-0056大阪府豊中市宮山町4-7-2

2012年3月25日日曜日

高津宮

大阪市内に高津宮という神社があるのをご存知ですか。この神社は桜の季節にはすごくきれいなことで有名なんですよ。
難波高津宮に遷都した仁徳天皇を主祭神とし、祖父の仲哀天皇、祖母の神功皇后、父の応神天皇を左座に、后の葦姫皇后と長子の履中天皇を右座に祀る。貞観8年(866年)、勅命により難波高津宮の遺跡が探索され、その地に社殿を築いて仁徳天皇を祀ったのに始まる。天正11年(1583年)、豊臣秀吉が大坂城を築城する際、比売古曽神社の境内(現在地)に遷座し、比売古曽神社を当社の地主神として摂社とした。明治5年に府社に列格した。昭和20年(1945年)3月の大阪大空襲によって神輿庫を残して社殿が全て焼失し、昭和36年(1961年)10月に再建された。古典落語「高津の富」「高倉狐」「祟徳院」の舞台として知られ、古くから大坂町人の文化の中心として賑わっていた。境内の参集殿は「高津の富亭」と名づけられており、落語の寄席や文楽などが行われている。高津の富亭での寄席には五代目桂文枝一門がかかわっているらしい。
社殿が再建された昭和30年代から、当時の宮司らの手によって境内や隣接する高津公園にソメイヨシノなど約100本のサクラが植えられており高津宮桜まつりは毎年にぎわっているそうだ。
所在地:大阪府大阪市中央区高津1-1-29




2012年3月21日水曜日

桜の花見情報

今日高知県で桜が咲き始めたそうだ。大阪では今月末か4月1日頃に咲き出すそうです。
○大阪府
・造幣局 桜の通り抜け
1871年(明治4)、貨幣鋳造所として日本初の近代設備を整え開設された造幣局の構内に咲く「通り抜けの桜」。大川沿い南門から北門にかけて、約560mにも及ぶ見事な桜並木だ。4月中旬頃の1週間を桜の通り抜け期間とし、一般の人々に桜を公開している(一方通行)。この一般公開は、1883年(明治16)以来続いている。品種は色が鮮やかで花びらが大きいサトザクラの八重咲きが多く、開花の期間が長い。
本数:約350本
主な種類:カンザン、ショウゲツ、オオテマリなど
夜桜観賞
期間:4月中旬頃~1週間(桜の通り抜け期間中実施)
時間:日没~21時
桜の通り抜け
期間:4月中旬頃~1週間
時間:10~21時(平日)、9~21時(土・日曜) ※予定 
・市道才ヶ原線(通称桜通り)
約100本ものソメイヨシノが、市道の両側から空を覆うように咲き誇ります。見ごろは例年3月下旬~4月上旬。
場所:箕面市箕面4丁目~5丁目
・服部緑地
円形花壇北側付近など、園内には約1700本のソメイヨシノ、約80本のヤマザクラが咲き誇ります。年緑化植物園内のシダレザクラも見事です。見ごろは例年3月下旬~4月上旬。
・天竺川の堤防(豊中市)
天竺川沿いに桜並木が続きます。又、服部緑地のウォーターランド西側から西願寺橋にかけては対岸のユキヤナギが、桜と同時に見ごろを迎え、白とピンクの花びらで川が覆われます。見ごろは例年4月上旬。
・さくら広場(豊中市)
2009年に開園した公園。1万㎡の広場を囲むようにして、130本のソメイヨシノが植えられています。園内には芝生広場も。見ごろは例年3月下旬~4月上旬。
場所:豊中市稲津町1丁目(阪急庄内駅徒歩5分)
・呉羽の里
約300本のソメイヨシノが織り成す桜のトンネルが出来ます。見ごろは例年4月上旬。
場所:池田市旭丘2丁目
・大阪城公園
1583年(天正11)、豊臣秀吉の築城した大阪城を取り囲む約105.6万平方mの史跡公園で、数々の重要文化財が残る。園内には約4300本の桜があり、なかでも西の丸庭園にはソメイヨシノを中心におよそ600本が植栽されており、例年、「観桜ナイター」として夜間照明がつけられ、天守閣を背景に美しい夜桜を愛でられる。※火気の使用(バーベキューなど)は禁止。
4月上旬が見ごろ
本数:約4300本、西の丸庭園約600本
主な種類: ソメイヨシノ、ヤマザクラ、オオヤマザクラ、サトザクラほか
夜桜観賞
期間:2011年4月上旬(予定)
時間:未定
・毛馬桜之宮公園
大川の毛馬洗い堰から下流の天満橋まで、全長4.2kmの河川敷を利用した公園。春にはソメイヨシノやヤマザクラ約4800本の桜並木が美しく咲き誇り、多くの花見客で賑わいをみせる。右岸沿いには桜の名所としても有名な造幣局など、明治初期を代表する建物などがある。桜の見頃の時期の約1週間は、露店が出る予定。
3月下旬~4月上旬
本数:約4800本
主な種類:ソメイヨシノ、ヤマザクラ
夜桜観賞
期間:未定(4月上旬より10日間)
時間:日没~22時
問い合わせ先:06-6312-8121 北部方面公園事務所
入場料:無料
最寄駅:JR桜ノ宮駅西口すぐ、またはJR大阪城北詰駅3号出入口すぐ
・万博記念公園
1970年(昭和45年)に開催された日本万博博覧会会場跡地を文化公園として整備された公園。9種約5500本の桜の名所となっている。約2400本のソメイヨシノが中心。毎年3月下旬~4月上旬に桜まつりを開催(開花状況による)。
3月下旬~4月上旬
本数:約5500本
主な種類:ソメイヨシノ
夜桜観賞
期間:2011年3月下旬~4月上旬
時間:日没~21時
万博公園桜まつり
期間:2011年3月下旬~4月上旬
時間:9時30分~21時(入園は20時30分まで)
・摂津峡公園
キャンプや渓流釣りも楽しめる公園。桜の名所でもあり、満開時には約3000本の桜が咲き誇る。見頃時期には桜まつりが催される。
3月下旬~4月上旬
本数:3000本
主な種類:ソメイヨシノ
夜桜観賞
期間:未定
時間:未定
・勝尾寺
大阪市内から車で約30分。春、満開ともなれば幹すら見えないほどに、薄紅色の花にびっしりとおおわれる山門横のシダレザクラは必見。また、ヤマザクラやカンヒザクラなど約3000本もの桜が、8万坪の広大な敷地を美しい薄紅色に染め抜く。
4月上旬~下旬
本数:約3000本
主な種類: ギョイコウザクラ、シダレザクラ、ソメイヨシノ、ヒカンザクラ、ベニタマエ、ヒガンザクラ、ヨウコウ、ベニヤマザクラ
夜桜観賞
桜まつり
期間:2011年3月下旬~4月中旬
時間:8~17時(平日)、土曜~17時30分、日曜~18時
・五月山公園
公園入り口から日の丸展望台まで約3万5千本のソメイヨシノや山桜が咲き誇り、眼下には稲川を望む眺望ともマッチ。3月中旬から4月上旬にかけてライトアップも行われる。
本数:約3万5千本
主な種類: ソメイヨシノや山桜
夜桜観賞:日没~23:00
・柴島浄水場
この浄水場は桜の季節にはきれいな事で有名です。
電話06・6614・8866(桜専用テープ応答電話)
※阪急崇禅寺駅下車すぐ、
または阪急柴島駅下車 
北へ400m
◆「柴島浄水場 桜並木通
り抜け(ライトアップ)」
4月1~15日9:00~21:30
※火気・喫煙禁止。

○京都府
・平安神宮
朱と緑のコントラストが鮮やかな社殿を中心に約3万平方メートルの広大な回遊式庭園があり約150本の紅枝垂桜ほか全体で300本の桜が見られる。ピンクの紙で作られた桜御籤も名物で、みんなが結び気に結ぶと桜が咲いたように見える趣向だ。
本数:約300本
8:30~17:30
・宇治川ライン
京都の宇治橋上流から滋賀県大津市へいたるドライブルートで、途中美しく色づいた約2000本の桜が観光客の目を楽しませてくれる。府立宇治公園中の島でさくらまつりも予定。
本数:約2000本
主な種類:18:30~22:30
・淀川河川公演背割堤地区
木津川と宇治川を分ける背割堤は1.4kmにわたり約250本のソメイヨシノが植えられ、春には見事な桜のトンネルが出来る芝生広場や展望所もあり1日遊んでも飽きる事がない。
本数:約250本
主な種類:ソメイヨシノ
・嵐山
後嵯峨上皇が奈良県吉野から移植したとされる嵐山の桜。4月上旬から下旬にかけて広沢池のヤマザクラ、大沢池のゴミズノウザクラ、二尊院のフゲンゾウザクラな土順番に見ごろを迎える。中ノ島公園から見る桜が評判で天竜寺のシダレザクラも見事。
本数:約1500本
ライトアップ:3月20日(日)~4月10日(日)の18:00~22:00
・平安神宮
池の水面に桜が映り、ひときわ華やかになる春の南神苑。桜に囲まれての茶会やコンサートにも参加して、春の1日を満喫しよう。
神苑拝観料:一般600円、中学生以下300円/6:00~18:00(~3月14日は~17:30)、
神苑8:30~18:00(~3月14日は~17:30。受付は閉苑の30分前まで)
?075・761・0221
※阪急河原町駅から市バスのりかえ京都会館美術館前停下車すぐ
◆「観桜茶会」4月1~15日9:00~16:00頃/お茶券700円(別途神苑拝観料要)
◆「紅しだれコンサート2 012」4月5~8日18:15~21:00(受付は~20:30)/
前売券1,700円、当日券2,000円/
電話075・241・6095(事務局/10:00~17:00、土・日曜・祝日休)
・円山公園
入園自由
電話075・561・1350(京都市都市緑化協会/
8:30~17:00、日曜休)
※阪急河原町駅下車 東
へ800m
◆「シダレザクラのライトアップ」
3月16日~4月19日
日没~翌1:00
◆「かがり火」3月30日~4月
8日 日没~23:00

○兵庫県
・姫路城
国宝姫路城の城内にはソメイヨシノ、ヤマザクラ、シダレザクラなど約1000本の桜があり、見所は三の丸広場の桜、西の丸庭園の桜林、姫山公園のお堀沿い桜などがあげられる。見ごろを迎えると三の丸広場では夜間ぼんぼりの点灯も実施。
本数:約1000本
営業時間は9:00~16:00
・夙川公園
河川敷全体が公園として整備された、阪神間では類を見ない都市公園で、川の両岸に沿って2.8kmの桜並木が続く。例年3月下旬~4月上旬にかけて、ソ、英吉野を中心に約1660本の桜がいっせいに開花。4月第1日曜日に「西宮さくら祭り」が開催され、大勢の花見客が県の内外からやってくるそうです。1990年には「さくら名所100選」にも選出された。
・日岡山公園(加古川市)
ソメイヨシノ、ヒガンザクラ、オオシマザクラなど約1550本の桜が鮮やかに咲き競う。3月下旬~5月上旬にかけては約300本のぼんぼりが点灯され、幻想的な夜桜を演出する。
・須磨浦公園
かつての源平一の谷の合戦場。1935年の開園当時より、ソメイヨシノとクロマツの植栽を行い、現在では瀬戸内海を望む園内を約3200本の桜が鮮やかに彩っている。

源氏まつり

源氏まつりは、「清和源氏発祥の地」とされる兵庫県川西市の祭り。毎年4月の第2日曜日に多田神社の例大祭に合わせ、市および観光協会の主催で行われる。源満仲、源頼光、源頼信、源義家から源頼朝、源義経、源義仲、源実朝など累代の源氏の武将が登場する華麗な馬上の武者行列(懐古行列)が有名。『平家物語』に鹿ヶ谷の密告者として登場し、あまり評判の良くない多田源氏の多田行綱(源行綱)も、ここでは源満仲(多田満仲)をはじめ、摂津源氏の源頼光や、河内源氏の源義家、その子孫の源頼朝、源義経らと同格の「多田行綱」公、として馬上の鎧武者姿で立派に登場する。人気があるのは公募で選ばれた美女が扮する巴御前などの女性陣。
場所:兵庫県川西市多田院多田所町1-1(多田神社)
開催日:平成24年4月8日(日)

2012年3月17日土曜日

京都市にオープンした水族館

京都水族館が今年の3月14日にオープンしました。

【住所】京都市下京区観喜寺町35-1(梅小路公園内)
【電話番号】075-354-3130
拝観・開館時間 9:00~17:00
見学所要時間 約1時間30分
休日・休館 年中無休(ただし、施設点検等で臨時休業あり)

料金 一般料金:大人2,000円、高校生1,500円、中・小学生1,000円、幼児(3歳以上)600円
年間パスポート:大人4,000円、高校生3,000円、中・小学生2,000円、幼児(3歳以上)1,200円

2012年3月13日火曜日

桜井谷窯跡群23号窯跡

この窯跡は平成2(1990)年に窯本体と灰原(不良品などを廃棄処分した場所)の規模や構造などの基礎資料を得る目的で確認調査を実施しました。その結果、全長13m、最大幅2.5m高さ2m以上を有する半地下式構造の登り窯であることが判明しました。窯自体は焚口、燃焼部(薪等を集積し、燃やすところ)、焼成部(土器を置き、焼き上げるところ)などに区分され、床面や壁面には土器と同じ灰青色に硬く焼きしめられています。一方不良品や薪の燃えカスの炭・灰などが捨てられた灰原は窯本体の下方斜面に最大幅25m、、長さ30mの範囲に広がり、その厚さは1~2mにも達しています。操業時期は、これらから出土した遺物によって古墳時代後期前半(6世紀前半)であることも明らかになりました。この窯跡では土器が焼きあがった状態のまま残存しています。これは取り出す直前、天井部の崩落というアクシデントにより放棄されたと推定されています。この災いが私達には幸して、どのような器種をどのように窯詰めするのか、また一窯当りの生産量がどれくらいかなど、古代窯業生産の実態解明に欠かすことの出来ない資料を提供しているそうです。それとこれは余談ですが、この窯の近所に「太鼓塚古墳群」と言う古墳群があるらしい(一部の文献によると個人宅内にあるため見学できないらしい)。
所在地:大阪府豊中市永楽荘4-3


松虫塚

この松虫塚の伝説には、いろいろと伝えられているが、その1つに『後鳥羽上皇(1183~98年)の官女松虫、鈴虫が法然の念仏に発心し、1207年(承元元年)法然が土佐に流されたのちに、松虫がこの地に庵を結び隠棲した所であるとの説(「芦分船」)』。また、『昔、ある人が親友と二人で阿倍野の松原を通ったが、うちの一人が松虫の音に聞きほれ、草むらに分け入ったまま帰らないため、捜しに行くと友人は草のしとねで死んでいたので、泣く泣く友人を葬ったのが松虫塚であるとする説(謡曲「松虫」)』や、ほかにいくつかの伝説が残っている。
所在地:大阪市阿倍野区松虫通1丁目11-5
最寄駅:市バス「東天下茶屋」下車、松虫通り西へ、約100M





行基の投げ石

行基(668~749)は奈良時代の僧で畿内を中心に諸国を巡り、民衆教化や池堤設置や橋梁架設等の社会事業を行い、後に行基菩薩と称された。ある時行基がこの地を通り掛り道をふさいでいたこの石を杖で投げ飛ばしたと伝えられている。行基の高徳ぶりがうかがえる伝承である。
所在地:兵庫県宝塚市山本西1-5-33(天満神社内)




刀根山城

刀根山城は、本来、本願寺派・存覚上人が、貞治2年(1363)に創立した刀根山御坊という大寺院であった。その後、天正6年(1578)、織田信長が石山本願寺攻めに11年の年月を要しているのは、有岡城主・荒木村重が敵方・毛利軍に内通していると疑われ、荒木村重討伐の為、織田信長勢によって築かれた城である。翌、天正7年(1579)に信長勢の攻撃が始まる。  現在は刀根山御坊正門裏に説明が記された刀根山御坊由緒があるのみである。
所在地:大阪府豊中市刀根山元町9-21(常楽寺)
最寄駅:大阪モノレール柴原駅




梅塚古墳

梅塚古墳は昭和の初めごろの調査によって確認された古墳です。その当時の様子から古墳は高さ10Mを超える規模を持ち、周りに円筒埴輪をたて並べ、両脇に作り出しのある遠方後円墳と推定されています。
昭和15年、大阪府による服部緑地建設工事によって大部分は消滅し北側の造り出し部分だけが残っていました。さらに、昭和34年の円形花壇の新設によって、現在、わずかな堆積土だけが残っています。また、周囲ではこの古墳にたて並べられていた多くの埴輪の破片が発見されています。
大阪府豊中市広田町(服部緑地内)



七松城

尼崎市は、特に中世には細川両家の主戦場となったために、外敵からの防禦を意識した環濠集落が至るところに形成されていた。環濠集落とは住民の屋敷の周囲にほぼ方形に環濠をめぐらせたものであり、外敵からの防禦のほかに、稲作の灌漑用水の機能も兼ね備えているものである。そうしたものが次第に集まり集合体を築くようになって大きな一つの集落になっていった。七松城もこうした環濠集落のひとつであり、戦国時代には合戦の陣所として、また天正期に城攻めの「付城」として使用されていた。すなわち、信長の有岡城攻めの際には、有岡城の支城である尼崎城を攻めるために城を囲んでいた織田信忠がその半分の兵を連れて七松に二ヶ所の「付城」を設けることとなった。七松城の特徴として水堀のラインが直線的で各コーナーはほぼ直角に曲がっており、東及び北の虎口には「横矢掛り」を意識したような構造になっている。また「字別井」「字カイチ」を含む大きな環濠とは離れた別の位置に、それに付属するように南側に「字シリア」の方形状のものが確認されており、全体として「環濠屋敷群」としての形態も残している。また、現在の七松八幡宮は寛仁三年(1019)に源頼信によって創建され、また真宗弘誓寺は享禄四年(1531)に開基されたと伝えられている。
今は神社内に石碑があるのみである。
住所:尼崎市七松町3-10-7(七松八幡神社)


高校野球メモリアルパーク

豊中市に「高校野球メモリアルパーク」と言う物があることをご存知ですか。全国高等学校野球選手権大会の発祥地として、豊中グランド跡地の一角に造られました。門柱や赤レンガ壁を再現、壁には1915年(大正4年)の第1回大会の始球式のレリーフが刻まれています。夏には、甲子園出場の高校球児達が記念撮影に訪れる風景を見ることが出来ます。
場所:豊中市玉井町2丁目11番地
最寄駅:阪急宝塚線豊中駅




塚口城跡(塚口御坊跡)

尼崎市塚口に昔塚口城というお城があったことをご存知ですか。
尼崎地方の一向一揆は、塚口御坊が中心であったとしるされています。この御坊は、応永16年(1409)に性雲上人が建てた伝えています。性雲上人が尼崎に来た時病気になり、1ヶ月余り滞在しました。この時入門した祐信が発起人となって、上人の許しを得て堂舎を建てたのが塚口御坊となりました。そののち、細川勝元と山名持豊とが応仁2年(1468)に争った時、広根(川西市)の最徳寺、多田(川西市)の光遍寺、箕輪(豊中市)の超光寺の3ヶ寺が塚口御坊を警護したとも言われます。塚口御坊が川辺郡・豊島郡・能勢郡の末寺や同情などで組織化した一揆の中心になっていたことを物語っています。塚口御坊が方2町(約200m四方)余の境内の周りに土塁を巡らし、さらに濠を巡らして戦国時代の城を構えて備えていました。そのため塚口城ともいわれています。ここが城として用いられたのは織田信長と荒木村重人の戦いのときです。塚口御坊が消滅後は正玄寺がその後を引き継いでいる。
所在地:尼崎市塚口本町1-12


新屋古墳群

新屋座天照御魂神社の裏山一帯に存在するこの古墳群は5世紀後半から7世紀初頭にかけての円墳が30基余り群集しています。そのうち昭和37年に12号墳、21号墳、23号墳の3基が調査された結果、12号の円墳が最も大きくその規模は直径15mで、南に開いた長さ4m、幅約2mの両袖式の横穴式石室が造られていました。他の2基も、規模はやや小さいもののいずれも6世紀後半の横穴式石室が造られていました。
遺物としては、人骨の一部や、鉄釘・水晶製切子玉・鉄鍬・金環・鉄刀の他、須恵器や土師器などの土器類が多数出土しています。また平成3年から4年にかけては17号墳、25号墳、26号墳、31号墳、32号墳、33号墳の6基の調査が行われました。中でも26号墳は、古墳群中最大の規模を持つ円墳です。墳丘の直径は約16mで、南に開く横穴式石室の長さは約6.5m、玄室の幅約21mの左片袖式で、玄室内には、凝灰質砂岩製の石棺が設置されていました。石棺は長方形の切石を5枚つなぎ合わせて、底板とされており、全体の大きさは、長さ2.25m、幅0.88mの組み合わせ式のもので、内部には朱が施されていました。石棺の内外から、ガラス製の小玉や、鉄刀・馬具類の他、須恵器や土師器等の土器類が大量に出土しました。
所在地:大阪府茨木市西福井3-36-1(新屋座天照御魂神社所在地)




古江古墳

古江古墳は、古江丘陵の南西部の先端に築造された古墳時代後期の円墳で、猪名川及び低地を眼下に見下ろせる場所に選地されている。本墳は昭和51年の遺跡分布調査のときに発見されたものである。発見時は露出していた天井石から横穴式石室が構築されているものと推定されていたが、現在は失われている。発掘調査により、墳丘は径18mの円墳であることが判明し、また、工事残土から6世紀後半の須恵器、鉄刀が出土した。
所在地:大阪府池田市古江町