2023年4月29日土曜日

安治川水門

 安治川水門は高潮の被害から大阪地域を守るために安治川河口に設置された防潮水門である

○大阪地域の高潮対策

大阪平野は沖積平野であり海抜が低く、台風による風が吹き付ける方向に対して大阪湾が開口しているために幾度となく高潮の被害にあってきた。加えて人口の集中、工業化の進展に伴い進行した地盤沈下ともあいまって1934年の室戸台風、1950年のジェーン台風、1961年の第2室戸台風では大きな被害を出した。そのため防潮施設の整備が進められてきたが1965年より大阪高潮対策恒久計画が策定された。高潮の被害を防ぐためには防潮堤をかさ上げする方法があるが、淀川流域では2mのかさ上げが必要であり都市の景観が変わってしまうこと、多数の橋梁と道路の改築が必要なこと、また防潮堤の延長が長くなることなどの理由により実現は困難とされた。そのため河川の河口部に防潮水門を設け、海水の遡上を防ぐことが考えられた。計画では伊勢湾台風クラスの台風が室戸台風の経路を通り満潮時に大阪を直撃したケースを想定し、計画高潮位を大阪湾の平均干潮位(以下O.P.と略す)に5.2mを加えた値に設定した。この値は台風シーズン(7?10月)の平均満潮位2.2mと台風による潮位の上昇を3.0mと想定し合計したものである。 そして、防潮水門外での計画堤防高は変動量1.4mを考慮しO.P.+6.6mに、防潮水門内での計画堤防高は計画貯留水位3.5mと余裕高0.8mを加えたO.P.+4.3mに設定された。この計画に従い防潮水門の設置が行われた。正蓮寺川水門、六軒家川水門、三軒家水門ではローラーゲート水門が、安治川水門、尻無川水門、木津川水門では船舶の航行が盛んであったためにアーチ型水門が採用された。なお、神崎川流域では橋梁が比較的少なかったために防潮堤方式が採用された。


○アーチ型水門

安治川水門で採用された形式はアーチ型水門といい、アーチ型の鋼製ゲートが上流側に倒れることで水門を閉鎖する。この形式の水門は通常の水門と比較すると航路の確保、耐震性、耐風性の面で優れている。日本国内では同計画で設置され、基本設計を同一とする安治川水門、尻無川水門、木津川水門の3か所が存在している。


○アーチ型水門の構造

・主水門

主水門の扉体は二つの部分からなり中央部のヒンジで結合されている。幅66.7m、高さ11.9m。鋼鉄製で総重量は530トンに達する。主塔上部の巻き上げ機からワイヤーで支えられており、開閉はワイヤーの繰り出し、巻き取りによって行う。


・巻上機室、ガイドアーチ、ピア、ケーソン

ガイドアーチは90度の円弧を描く鋼製の構造物で、上部に巻上機室が設置されている。ガイドアーチ下の部分はピアといい、鉄筋コンクリート製である。ピアはケーソンによって支えられており、ケーソンは地下44メートルの地盤に達している。また両側のピアを結ぶ地下通路が設置されている。


・支承部

両側のピアに扉体を支える支承部が設置されている。この部分は主水門開閉時以外は水面の浮遊物が流れ込まないように防塵スクリーンで保護されている。


・副水門

副水門は水位調節用に設置されている。幅17.1m、高さ11.55mの鋼鉄製スイングゲート式水門である。扉体重量は107トンである。開閉は油圧シリンダーにより行う。


○アーチ型水門の運転

・操作

1.サイレン吹鳴

2.主水路の信号を赤に切り替える

3.緩衝用チェーンを張る 船舶が接近できないように普段は水底に沈んでいるチェーンで水路を閉鎖する。

4.防塵スクリーン開放

5.主水門閉鎖 巻き上げ機からワイヤーロープを繰り出し扉体を上流側に90度倒す。

6.防塵スクリーンを扉体に接触させる

7.副水門閉鎖

8.水門閉鎖中に上流から流れてくる水は上流の毛馬排水機場に設置されたポンプで新淀川に放流される。

水門を開くときは逆の手順で行う。


・命令系統

水門閉鎖は大阪府知事の指令に基づいて西大阪治水事務所長が行うことと定められている。水門の閉鎖基準は高潮警報発表後潮位がO.P.+2.5mを超えるまでである。


○稼動実績

1975年8月22日?23日 台風6号

1979年9月29日?10月1日 台風16号

1994年9月29日?30日 台風26号

1997年7月26日?27日 台風9号

2003年8月9日?10日 台風10号

2004年8月30日?31日 台風16号

2004年9月7日 台風18号


○安治川水門諸元

所在地:大阪市港区弁天6丁目3-13

形式:アーチ型ゲート(主水門)、スイングゲート(副水門)

径間:57.0m(主水門)、15.0m(副水門)

有効幅員:55.4m

閉鎖時天端高:O.P.+7.40m

扉体の大きさ:幅66.7m、高さ11.9m(主水門)、幅17.1m、高さ11.55m(副水門)

扉体重量:530t(主水門)、107t(副水門)

操作時間:50分 扉体を閉めるのに要する時間:30分(主水門)、10分(副水門)

動力:電動機60kW 2基ワイヤー巻き取り式(主水門)、22kW 2基油圧式(副水門) 発電機:ガスタービン自家発電機600馬力

基礎:ニューマチックケーソン44.0m

完成年月日:1970年3月

事業費:31億3800万円

施工:大林組、日立造船







互譲稲荷大明神

 民家のところに朱色の鳥居が見えました。最初、地蔵堂かと思いました。小さな祠のある神社です。石碑には昭和11年6月17日改築と記されていて、発起人と世話人の名前が連なっています。詳細は不明です。

住所:大阪府大阪市福島区海老江8丁目7?2



六軒家川水門

 六軒家川水門は、安治川大橋を挟んで安治川水門の上流側にある。ただし、安治川と平行に流れる六軒家川に設けられていて、上流で分流する正連寺川の水系に属している。正連寺川水門のところでも説明したが、高見機場との機能と連携した高波対策とと利水体系を構築している。六軒家川・正連寺川一帯は、昔から今に至る大阪の工業の中心地帯を形成している地域で、利水の点では同水系の恩恵を受けているところであり、また、土地の低い0メートル地帯でもある。大工場が犇めきあっている。六軒家水門は敷地に立ち入ることができない管理施設になっている。すぐ上流に春日出橋が架かっている。橋の東詰で大阪鉄工所跡の石碑を見つけた。そばには、日立造船発祥の地を示すモニュメントも立っている。六軒家川水門の下流側の側面は、安治川大橋の歩道上から一望できる。水門は、3連からなっていて、左岸と右岸の両方の副水門に比べて中央の主水門が副水門に比べて1.5倍ほどの径間を持っている。 

ローラーゲート3門型

径間:主水門14m副水門8.5m(有効幅員13.6m) 敷居高さ O.P.-3.0m

六軒家川河口に設置・昭和44年3月完成

所在地:大阪府大阪市此花区春日出南1丁目1-1( 大阪府西大阪治水事務所)(JR大阪環状線西九条駅下車、徒歩約15分)








野里の渡し跡

 淀川改修以前の中津川はこの付近を流れ、野里住吉商店街がその右岸堤防にあたっている。対岸と結ぶための「野里の渡し」が置かれ、元禄14年(1701)刊行の『摂陽群談』には「野里済(わたり)」とみえ尼崎方面への街道の一部になっていた。明治9年には、「槲の橋」という有料の木橋が架けられた。この橋は、新淀川の通水により中津川が埋め立てられる明治39年ごろまであった。

所在地:大阪府大阪市西淀川区野里一丁目20-14


波除山跡

 昔から大阪は、淀川や旧大和川の洪水で大きな被害をうけていた。江戸時代前期には、根本的対策として種々の工事が行われた。貞享元年(1684)市内では淀川の治水対策として河村瑞賢が幕命をうけ九条島を開削し、新川(元禄11年1698、安治川と命名)を通した。そのときの土砂を南岸に積み上げてできたのがこの山で、一名瑞賢山ともいわれ幕府の管理するところであった。現在は平坦化されてしまったが、山の崩壊を防ぐため植林した松が茂り、遠望できて有名であった。

所在地:大阪府大阪市港区弁天五丁目12弁天東公園(オオサカメトロ中央線・JR「弁天町」下車北西約750m)



佃漁民ゆかりの地

 佃島は古来漁業が盛んなところとして有名で、慶長(1596~1615)のころ、徳川家康に奉仕をしたことの恩賞として各種の特権をうけた。寛永7年(1630)に一部漁民が江戸鉄砲洲(てっぽうず)町へ移住したが、そのとき生国に因み佃島と名づけ佃煮を売り出した。これが東京佃島のおこりである。

所在地:大阪市西淀川区佃一丁目18-14田蓑神社内

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田能遺跡

 田能遺跡は、兵庫県尼崎市田能から伊丹市岩屋にまたがる弥生時代の遺跡。1969年(昭和44年)6月30日に国の史跡に指定された。

〇沿革

1965年(昭和40年)に、尼崎・伊丹・西宮三市共同による工業用水園田配水場の建設工事中に大量の弥生土器が発見されたことから、この場所に大規模な弥生時代の遺跡があることが判明、調査が開始された。特に注目されたのが、木棺の発見である。木は腐りやすいため、それまでは推測でしかなかった弥生時代の木棺埋葬の風習が、初めて具体的な形で証明された。第1次調査では、木棺墓から人骨も発見された。当初は調査後、計画通り配水場建設を進めて遺跡を破壊する予定だったが、保存運動が高まり、その結果、遺跡の重要な部分を保存することが決定、1969年(昭和44年)6月30日には国の史跡に指定され、 翌1970年(昭和45年)7月25日には尼崎市立田能資料館として開館した。高度経済成長期の当時、建設優先の風潮があった中で、このような文化財保護運動は珍しく、先進的な事例だったという。

〇出土品

土器多数、石斧などの石器、木製品、骨類、鉄製品など。以下の三点は兵庫県指定文化財に指定されている。

銅剣鋳型(どうけん・いがた)

白銅製釧(はくどうせい・くしろ)

碧玉製管玉(へきぎょくせい・くだたま)

〇アクセス

・阪神バス

阪急電鉄神戸本線園田駅北側4番バスのりばから「20番 - JR猪名寺 行」もしくは「21・21-2番 - 阪急塚口 行」もしくは「22番・22-2番 阪神尼崎 行」に乗車して「田能口」バス停下車(所要時間約10分間)。北へ徒歩約15分。

JR宝塚線猪名寺駅東側バスのりばから「20番 - 東園田 行」に乗車して「田能口」バス停下車(所要時間約8分間)。北へ徒歩約15分。

・自動車

名神高速道路豊中インターチェンジより北西へ約3キロメートル(尼崎インターチェンジよりも豊中ICが近い)。














大和田住吉神社の判官松の碑

 大阪市西淀川区大和田の住吉神社の境内にも判官松の碑があります。

「判官松の碑由来」

平家物語巻第11逆櫓の記述によれば「元暦2年2月3日九郎大夫判官義経都をたつて摂津国渡辺(今の堀江)よりふなぞろへして八嶋へすでによせんとす。三河守範頼も同日都をたつて摂津国神崎(今の西淀川)より兵船をそろえて山陽道におもむかんとす」とある。平家追討の軍勢は折からの台風の襲来にあい一時避難余儀なくされ、陣を張つたのがこの地である。その時義経はあらためて住吉大明神に海上安全の祈願をし一本の松の苗を手植えした。それが判官の松の由来である。亦一説に義経の軍が流れ着いた時、大和田の庄屋が鮒の昆布巻を献上しこまごまと生活の煩事を援助した。喜こんだ義経は食事の箸を地中に立てその意を天に示した。どうしたことかみるみるうちに行きかえり松の姿に生長した。

尚この庄屋に「鮒子多」(ふじた)の姓を与えたとも伝えられている。(大和田墓地に鮒子多家の塚と墓石が現存している)爾来この判官の松は年と共に天を突き沖を往き交う船人たちに航海の指針として親しまれた。明治10年雷火の為に不幸にも焼失の災にあい今はその大要を地元青年団が石に刻み後世に伝えている。

住所:大阪府西淀川区大和田5-20-20






大和田住吉神社

 大和田住吉神社は大阪府大阪市西淀川区大和田に鎮座する神社。法人名は「住吉神社」。

〇祭神

底筒男命・中筒男命・表筒男命・気長足姫尊

〇歴史

元応2年(1320年)9月19日の勧請と伝えられ、付近の漁民や舟行安全の守り神として信仰された。

明治5年(1872年)に村社に列す。

明治43年(1910年)11月、神饌幣帛料供進社に指定される。

明治43年(1910年)12月、沢の宮の八幡神社を合祀。

明治44年(1911年)7月7日、元禄元年(1688年)に出来島開発の際に勧請された皇大神宮社を合祀。

〇境内

金比羅神社

稲荷神社

天満宮

蛭子社

〇所在地

大阪府大阪市西淀川区大和田5丁目20-20

〇例祭

8月1日(夏祭)

10月17日(例祭)









西島住吉神社

 〇由緒(境内)

元禄十一年(1698)九条村の池山新兵衛が四百二十両を納めて開墾し、佃・大和田の対岸より西にあるところから西島と名付けられた。開墾の折、この地の守護神として住吉四柱大神を勧請し、子々孫々に心を受け継ぎ御加護を戴 き、今の地の発展につながっています。明治四十二年内務省発令の合祀令により、五社神社に一旦は合祀されたものの、その後昭和二十二年正遷宮祭(御祭神がもとの宮に遷られる祭事)が執り行われています。この地は大阪湾の深奥部にあたり、かつては美しい川辺で遊んだり、村の人達が畑仕事や洗濯をしたり、のどかな田園風景がみられた反面、水禍をまともに受ける土地柄でもあり、海上の守護神である住吉大神を勧請し、祀られた村人の心が偲ばれます。現在西島の工場地としての様相は、この町の富農の息子として生まれた高石義雄氏が、若くして鉄鋼に日本の将来のあることを感じ、大正年間に生家に伸鐡工場を創立して独立、独自の創意工夫と不撓不屈の精神をもって業績を伸ばし、高石製鉄所そして大阪製鋼株式会社の設立から、更には時代の先を読み各社の合併を成し、合同製鐵株式会社の今の姿に至っています。今度、高石義雄氏の一人娘(高石勝子)としてこの地で生まれ育ち、幼き頃祖母と共に参った思い 出の神社がさびれ果てた状態に心を痛められ再建の御力添えを戴き、平成二十年民有地であったこの地の所有権を五社神社に移転され、この地に生業を営む各社様を始めご縁ある方々と共に西島住吉神社大改修事業が執り行われました。

〇祭神

表筒男命、中筒男命、底筒男命、神功皇后

〇住所

大阪市西淀川区西島1-2

〇交通

阪神電鉄福駅下車西へ700m








三光神社中風除け大祭2023

 戦国の武将、真田幸村の「抜け穴」が有名な三光神社で、毎年6月1日から1週間、中風除けの大祭が執り行われます。中風除けの神を祀る全国でも唯一の神社として知られ、中風を防ぐための祈祷と茅の輪くぐりが行われます。

所在地:〒543-0013大阪府大阪市天王寺区玉造本町14-90

開催期間:2023年6月1日~7日受付時間/9:00~16:00

開催場所:三光神社

交通アクセス:地下鉄長堀鶴見緑地線「玉造駅」2番出口から徒歩2分、またはJR大阪環状線「玉造駅」から西南に徒歩5分

問合せ先:三光神社06-6761-0372


安井道頓・道卜紀功碑

 安井道頓・道卜紀功碑は、大阪市中央区島之内2丁目の日本橋北側に建てられた石碑である。豊臣秀吉の大坂城築城のおり、安井道頓(成安道頓)は、奉行として築城工事に従事した。秀吉からその恩賞として荒地だった現在の道頓堀一帯を与えられた。道頓は、私財を投じて1612年に木津川にいたる運河の開削工事に着手した。2年後に大坂の陣が始まり、道頓は、秀吉の恩義に報いるため西軍に味方するが、1615年5月落城時に戦死した。以降は、弟の安井治兵衛・九兵衛(後の道卜)ら親族が中心となり工事を続け、半年後の1615年11月に運河が完成した。当初は、南堀と呼ばれていたが、大坂城主となった松平忠明が、道頓の功績を称えて、「道頓堀」と命名した。1914年に道頓・道卜は、従5位を贈られた。これを記念し、地元の有志が道卜の屋敷があった場所に石碑を建立した。石碑に使われた石は、高さ約3m、幅90cmで、大坂城の石垣に使われるために掘り出されたものである。しかし実際には使われなかったために、「残念石」と呼ばれている。

所在地:大阪府大阪市中央区島之内2丁目 16 番




三光神社夏祭り2023

 真田幸村の冬の陣で有名な“真田丸”があった真田山の三光神社で、夏祭りが斎行されます。7月16日には子供神輿渡御が行われ、子ども50人、大人150人の総勢200人以上が練り歩きます。21日には宵宮と夏祭り祭典、22日には本宮が執り行われます。

所在地:〒543-0013大阪府大阪市天王寺区玉造本町14-90

開催期間:2023年7月21日~22日 【16日】子供神輿渡御(雨天時は翌日順延) 【21日】宵宮 【22日】本宮

開催場所:三光神社

交通アクセス:地下鉄長堀鶴見緑地線「玉造駅」2番出口から徒歩2分、またはJR大阪環状線「玉造駅」から西南に徒歩5分

問合せ先:三光神社06-6761-0372


2023年4月25日火曜日

のざきまいり2023

 元禄時代から伝わる「のざきまいり」は、人が知らず知らずのうちにお世話になった、有縁無縁すべてのものに感謝をささげる行事です。ご本尊十一面観音(市指定文化財・平安中期作)が開帳され、ご本尊の右手から、参拝者の人たちの手元まで紐でつながれ、直接ご縁を結ぶことができます。JR野崎駅から境内までの参道には、300軒近い露店が並び、多くの参拝客で賑わいます。

開催期間:2023年5月1日~8日9:00~16:00頃※露店の出店は5月7日まで

開催場所:野崎観音(慈眼寺)

交通アクセス:JR学研都市線「野崎駅」から東へ徒歩10分

主催:野崎観音

料金:境内参拝自由

問合せ先:野崎観音(慈眼寺)072-876-2324


2023年4月20日木曜日

田村祭2023

 征夷大将軍坂上田村麻呂の孫、当道により、素盞嗚尊(スサノオノミコト)を氏神として創建された杭全神社で、坂上田村麻呂公の命日である5月23日に、「田村祭」が行われます。神前には特殊神饌「剣菱(けんびし)」が供えられ、参列者にもふるまわれます。

所在地:〒547-0046大阪府大阪市平野区平野宮町2-1-67

開催期間:2023年5月23日 10:00~

開催場所:杭全神社田村社

交通アクセス:JR大和路線「平野駅」南出口から南東へ徒歩5分

主催:坂上家七名

料金:無料

問合せ先:杭全神社06-6791-0208


菅原神社ホタル観賞会2023

 菅原神社に生息するゲンジボタルとヘイケボタルを観賞することができます。自然発生したホタルを、室町後期の茶人、武野紹鴎(たけのじょうおう)が好んだ、椿の井戸の水で人工飼育したもので、例年6月上旬の2日間だけ神社の内苑が一般開放され、幻想的なホタルの乱舞を楽しむことができます。

所在地:〒590-0945大阪府堺市堺区戎之町東2-1-38

開催期間:2023年6月9日~10日(予定)時間/20:00~22:00 ※発生状況により中止となる場合あり

開催場所:菅原神社

交通アクセス:阪堺線「大小路駅」から徒歩3分、または南海本線「堺駅」・南海高野線「堺東駅」から徒歩10分またはシャトルバス「大寺北門前」下車

問合せ先:菅原神社072-232-2450


2023年4月7日金曜日

住吉大社水無月大祓式2023

 〇半年間の罪や穢れをお祓い

半年間の罪や穢れをお祓いする儀式。住吉大社では、正面の幸寿門前にて斎行される。参加者は、神事に参列して「切麻 (きりぬさ)」にて自身をお祓いし、悪疫退散、除災招福を願う。

開催場所:住吉大社

開催日 :2023年6月30日(金)

開催時間:15:00

電話番号(メイン):06-6672-0753住吉大社

住所:大阪市住吉区住吉2丁目9-89

交通アクセス:[車]阪神高速15号堺線「玉出」出口より約10分/阪神高速道路4号湾岸線「大浜」出口より約20分[公共交通]南海本線住吉大社駅から徒歩約3分/南海高野線住吉東駅から徒歩約5分/阪堺線住吉鳥居前駅から徒歩すぐ


住吉大社御田植神事2023

 〇日本三大御田植神事の一つ

稲作の始まりとともに、田の神さまを祭る田植え神事は全国各地で行われている。なかでも、住吉大社では儀式を略することなく、古と同じ格式を守り、華やかで盛大に行っていることで有名で、重要無形民俗文化財に指定されている。田植えに際して楽を奏で、歌をうたい踊りや舞を演じるのは、田や植付する苗に宿る穀物の力を増やすため。穀物が豊かに育ち、稲穂が十分に実る秋を迎えるための神事として、厳かに行われている。

開催場所:住吉大社

開催日 :2023年6月14日(水)

開催時間:13:00

電話番号(メイン):06-6672-0753 住吉大社

住所:大阪市住吉区住吉2丁目9-89

交通アクセス:[車]阪神高速15号堺線「玉出」出口より約10分/阪神高速道路4号湾岸線「大浜」出口より約20分[公共交通]南海本線住吉大社駅から徒歩約3分/南海高野線住吉東駅から徒歩約5分/阪堺線住吉鳥居前駅から徒歩すぐ


勝尾寺あじさいまつり2023

 雨が多くなるこの時期、勝尾寺の紫陽花が美しく咲き誇る。ヤマアジサイ、ガクアジサイ、タマアジサイ、アマチャなど、約3600株もの紫陽花があり、その形状は様々。特に珍しいとされるカシワバアジサイは、少し緑がかった花をフジのように円錐状に咲かせる。8万坪もの広大な境内のそこここに色づくアジサイの群生を、一つ一つ見分けてみるのもおもしろい。境内の清々しい空気と共に、やすらぎのひと時を堪能しよう。

開催期間:2023年6月3日(土)~7月9日(日)土曜日は17:30、日曜祝日は18:00閉門※あじさいの見ごろは6月上旬~7月中旬

開催時間:08:00~17:00

住所:箕面市粟生間谷2914-1勝尾寺


粽祭2023

 神功皇后が方違の祓をされた故事により、毎年5月31日に行われる方違神社の例大祭で、一年間授与する粽(ちまき)を神前に奉ります。菰(こも)の葉で埴土(はにつち)を包んだ粽を受けると、方位から来る災いから免れることができるとされ、この粽が転居や旅行などの悪方位を祓うものとして古くから信じられています。祭りの当日、まずその年に授与する粽をお供えし、続いて稚児による「お砂持神事」が執り行われ、清めの砂を天秤棒で運ぶ姿が参拝者の目を楽しませます。祭典の後、粽は参拝者に無料授与されます(数量限定)。

所在地:〒590-0021大阪府堺市堺区北三国ヶ丘町2-2-1

開催期間:2023年5月31日例大祭神事/13:00、湯神楽神事/13:30、お砂持神事/14:00 ※状況により変更・中止となる場合あり

開催場所:方違神社境内

交通アクセス:JR阪和線「堺市駅」から徒歩15分もしくはバス約5分「方違神社前」下車

主催:方違神社

問合せ先:方違神社072-232-1216


http://www.hochigai-jinja.or.jp/