2017年5月22日月曜日

梅花社跡

篠崎三島が安永5(1776)年に開いた儒学塾。三島は父の没後、二代目伊予屋長兵衛を襲名し、家業の紙問屋を経営していた。不惑の齢となって隠居して私塾を設け、庭に緑萼梅を植え、それにちなんで塾名を梅花社と称した。三島は、菅甘谷、麻田剛立らに学び、詩文・書芸に優れ天文学や卜占などにも通じていた。淡路国洲本の城主であった稲田氏に招かれて出講することもあった。文化10(1813)年に77歳で没した。寛政5(1793)年、三島は当時13歳であった門人、加藤金吾を養子に迎えた。9歳から梅花社に学んでいた秀才で、後に篠崎小竹と名乗り、塾を現在の今橋四丁目に移し、大坂で最も繁昌した私塾へと発展させた。
所在地:大阪府大阪市西区土佐堀1丁目(シェル石油肥後橋SS横)



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