2017年9月13日水曜日

吉田神社の紅葉2017

平安京を守る鎮守神として創建され、全国の神々を祀るお社「大元宮」がある吉田神社では、例年10月下旬から境内の木々が色づき始めます。特に本殿前、石階段、竹中稲荷社などで、赤や黄色の色鮮やかな紅葉を楽しむことができます。
所在地:〒606-8311京都府京都市左京区吉田神楽岡町30
開催期間:2017年10月下旬~11月下旬開門時間/9:00~17:00
交通アクセス:京阪「出町柳駅」から徒歩20分、またはJR「京都駅」から206系統「東山通北大路バスターミナル行」の市バス「京大正門前」~徒歩5分
問合せ先:吉田神社075-771-3788
http://www.yoshidajinja.com/

2017年9月12日火曜日

長谷寺もみじまつり2017

美しく見応えのある紅葉で彩られた長谷寺で、もみじまつりが行われます。期間中には、豊山太鼓の奉納演奏と、もみじ茶会(先着500人無料接待)が催されます。10mを超える十一面観音様のほか、国宝や重文の寺宝もあり、見どころ多数です。
所在地:〒633-0112奈良県桜井市初瀬731-1
開催期間:2017年10月14日~12月3日9:00~16:30※幽玄のつどい豊山太鼓奉納演奏/11月11日13:00~、もみじ茶会/11月11日9:30~(歓喜院)
交通アクセス:近鉄大阪線「長谷寺駅」から徒歩15分
料金:無料※入山料が必要/大人500円、小学生250円
問合せ先:総本山長谷寺0744-47-7001
http://www.hasedera.or.jp/

平城宮跡菊花大会2017

日本の都として栄えた古都奈良の秋を彩る「平城宮跡菊花大会」が開催されます。日本の菊は、遣唐使などによって奈良時代中期以後に、中国の長安の都からもたらされたとされます。丹精込めて育てられた菊の花々が展示されます。
所在地:〒630-8580奈良県奈良市二条大路南1-1-1
開催期間:2017年10月25日~11月16日※土日祝除く8:30~17:00
開催場所:奈良市庁舎玄関前及び玄関ホール
交通アクセス:近鉄「新大宮駅」から徒歩10分、またはJR「奈良駅」からバス「奈良市庁前」すぐ
主催:奈良市、奈良県菊花連盟
料金:無料
問合せ先:奈良市観光経済部観光振興課0742-34-5135


流鏑馬神事2017

大阪天満宮の秋大祭で行われる流鏑馬神事は、元和元年に松平忠明公が大坂城主として入城後、幕命により乗馬を神事に供したことに始まるとされます。室町時代の狩装束の騎者が、馬上から半弓で的を打ち破ります。
所在地:〒530-0041大阪府大阪市北区天神橋2-1-8
開催期間:2017年10月25日15:00頃~
交通アクセス:JR東西線「大阪天満宮駅」から徒歩3分
問合せ先:大阪天満宮06-6353-0025
http://www.tenjinsan.com/

英照皇太后・昭憲皇太后行啓の所

英照皇太后は孝明天皇の皇后、昭憲皇太后は明治天皇の皇后である。皇太后らが来られた記念碑。裏側には「昭和15年4月大阪府」と刻まれている。
所在地:大阪府大阪市中央区本町橋2番


2017年9月10日日曜日

扇祭り2017

扇を使った芸能事の上達を祈願する祭りが開口神社で開催されます。砂で作った壇にて焚上げ神事が行われ、使い古した扇子が焼き上げられます。その灰は扇塚の後に設けられた穴に埋められます。
所在地:〒590-0953大阪府堺市堺区甲斐町東2-1-29
開催期間:2017年11月2日11:00~
交通アクセス:阪堺電気軌道「大小路駅」もしくは「宿院駅」から徒歩3分、または南海「堺駅」・南海高野線「堺東駅」から南海バス「大寺北門前」~徒歩2分
主催:開口神社、扇塚顕彰会
料金:参拝無料、祈願絵馬奉納有料
問合せ先:開口神社社務所072-221-0171
http://www.aguchi.jp/

時代祭2017

祇園祭、葵祭とともに京都三大祭の一つに数えられる「時代祭」が行われます。1895年(明治28年)、平安遷都1100年と平安神宮創建を奉祝する行事として始まり、京都御所建礼門前から烏丸御池、河原町三条、平安神宮までを練り歩く「時代風俗行列」が有名です。明治維新から延暦時代まで、時代ごとの衣装を纏った20列、2000人による行列は、長さ2kmにおよび、華やかな一大時代絵巻が繰り広げられます。
開催期間:2017年10月22日12:00~16:00頃※雨天の場合は翌日に順延
開催場所:京都市京都御所建礼門前~烏丸御池~河原町三条~平安神宮
交通アクセス:京都御所まで/JR「京都駅」から地下鉄烏丸線「今出川駅」下車、平安神宮まで/JR琵琶湖線「山科駅」から地下鉄東西線「東山駅」~徒歩10分、またはJR「京都駅」から5系統のバス「岡崎公園 美術館・平安神宮前」~徒歩5分
主催:平安神宮
料金:見物無料(有料観覧席あり)
問合せ先:平安神宮075-761-0221


三宝荒神祭2017

大寺さんとして親しまれている堺の開口神社で三宝荒神祭が営まれます。台所の火を守る神様のお祭りで、食物作りに関わる人々が大勢お詣りします。
所在地:〒590-0953大阪府堺市堺区甲斐町東2-1-29
開催期間:2017年11月28日10:00~
交通アクセス:阪堺電気軌道「大小路駅」もしくは「宿院駅」から徒歩3分、または南海「堺駅」・南海高野線「堺東駅」から南海バス「大寺北門前」~徒歩2分
主催:開口神社
問合せ先:開口神社社務所072-221-0171
http://www.aguchi.jp/

秋の例大祭特殊神事「どんじ」2017

紫金山に鎮座する吉志部神社の例大祭(秋祭)では、吹田市の無形民俗文化財に指定されている特殊神事「どんじ」の奉納行事が行われます。唐櫃(からひつ)に詰めたお供え物や幟を携えて町内を練り歩き、神社に奉納します。どんじの行列には、着物に縄の帯、サンドラという藁の輪をかぶったお稚児さんも参加します。宵祭では太鼓だし巡行、本祭では子供神輿なども催されます。境内には露店が並び、賑わいます。※露店は、10月17日の午後から夜のみ
所在地:〒564-0001大阪府吹田市岸部北4-18-1
開催期間:2017年10月16日~17日【1日目(宵祭)】小路太鼓だし巡行/15:00~18:00頃【2日目(本祭)】どんじ奉納行列(稚児行列)/9:30~12:00頃、祭典/14:00~15:00頃、子ども神輿宮入り/16:00~18:00頃
開催場所:吉志部神社および周辺地域
交通アクセス:JR京都線「岸辺駅」から徒歩20分、またはJR京都線「吹田駅」から阪急バス「紫金山公園前」下車
問合せ先:吉志部神社06-6388-5735
http://kishibejinja.jp

大阪城公園の紅葉2017

総面積105.6haの広大な敷地を誇る大阪城公園では、秋にはイチョウ並木のほか、サクラ、ケヤキなどが色づきます。美しい紅葉の中、公園の中心にそびえる天守閣などのさまざまな歴史的建築物をはじめ、市民の森や西の丸庭園などに植えられた秋の花々を愛でながら、散策が楽しめます。
所在地:〒540-0002大阪府大阪市中央区大阪城
開催期間:2017年11月中旬~12月上旬
交通アクセス:JR大阪環状線「大阪城公園駅」もしくは「森ノ宮駅」からすぐ、または地下鉄中央線「森ノ宮駅」からすぐ、または長堀鶴見緑地線「大阪ビジネスパーク」からすぐ、または地下鉄谷町線「天満橋駅」・「谷町四丁目駅」・地下鉄中央線「谷町四丁目駅」から徒歩10分
料金:園内散策自由
問合せ先:大阪城パークセンター06-6755-4146
http://osakacastlepark.jp

箕面富2017

現在の「宝くじ」の起源とされ、約950年の歴史を持つ箕面山瀧安寺の富くじ「箕面富」が行われます。身体健勝、商売繁盛にご利益があるとして江戸期に人気を集めた「箕面富」は、その後明治期に入ると「万人講くじ」に形を変えて続けられ、近年古式に則った形で復活されました。光明寺流総師範の菊公帆泰肇による筑前琵琶の演奏が奉納された後、富くじが行われ、当たりを得ると特別御守「大福御守」と「辨財天招福お札」が授与されます。2017年は、参加者(ミニ大福御守の購入者)のみ、瀧安寺秘蔵で未公開の皇室関係の掛け軸の一部を、特別に拝観することができます。
所在地:〒562-0002大阪府箕面市箕面公園2-23
開催期間:2017年10月10日ミニ大福御守販売/9:00~無くなり次第終了※筑前琵琶演奏10:40~、箕面富開始11:00
開催場所:箕面山瀧安寺観音堂
交通アクセス:阪急箕面線「箕面駅」から徒歩15分
主催:箕面山瀧安寺・箕面富実行委員会
料金:箕面富にはミニ大福御守(1000円)の購入者のみ参加可能
問合せ先:箕面山瀧安寺・箕面富実行委員会072-721-3003


黒井の清水大茶会2017

茨木神社で毎年開催される「黒井の清水大茶会」は、太閤秀吉が鷹狩りのため茨木に立ち寄った際、境内の「黒井の清水」を大変気に入り、大坂城での茶会のために茨木まで水を汲みに行かせ、茶の湯に使用したという逸話にちなんだ行事です。お茶席をはじめ、茨木の物産品の即売会やお楽しみ抽選会、お茶会に使用する水を使った喫茶コーナーなどが楽しめます。
所在地:〒567-0882大阪府茨木市元町4-3
開催期間:2017年10月21日~22日野点/21日9:30~16:00、22日10:00~16:00※奉茶式/21日9:00~9:30
交通アクセス:阪急京都線「茨木市駅」から徒歩8分、またはJR京都線「茨木駅」東口から北東へ徒歩10分
主催:一般社団法人茨木市観光協会
料金:お茶券/1枚500円
問合せ先:一般社団法人茨木市観光協会072-645-2020

若宮商工稲荷神社

大阪商工会議所ビル(大阪市中央区本町橋2-8)南隣りにある若宮商工稲荷神社は、 大阪商工会議所初代会頭の五代友厚が大阪の商工業発展を祈念して奉祀した「商工稲荷神社」が、 大阪商工会議所の移転に伴って堂島から現在の内本町へ移されることとなり、 昭和40(1965)年9月に移転先である内本町の建設用地内にあった「若宮稲荷神社」の ご神体と合祀され、新たに建立されたものです。以来、現在に至るまで大阪商工会議所歴代の会頭をはじめ多数の方々がご参拝されており、 地元商工業関係者の方々はもとより、地域住民のみなさんにも鎮守として親しまれ、 広くご参拝をいただいています。
所在地:大阪市中央区本町橋2-8




天野屋利兵衛の碑

碑は昭和14(1939)年に建立。横幅は4m、高さは2m近くもある。天野屋利兵衛の屋敷が現地付近にあったという伝承に基づいて建てられたといわれる。利兵衛は、赤穂藩の家老大石良雄から吉良邸討ち入りの武具の調達を頼まれるが、武具を作らせた人間の密告により捕らえられる。依頼書の名を白状せよと奉行所で拷問を受けるが、頑として口を割らない。この時に利兵衛が言ったという「天野屋利兵衛は男でござる」の名せりふは「忠臣蔵」でも見せ場の1つにになっている。利兵衛の義心に奉行は資材を減じ、浪速の地追放の判決を下す。こういったエピソードから碑には「義侠」の文字が刻まれている。元禄時代に、天野屋利兵衛が存在したのは確かだが、実在は不明である。
所在地:大阪府大阪市中央区本町橋3番


泊園書院跡

儒学者藤沢東がい(ふじさわとうがい)が文政8年(1825)、大阪に出て泊園書院を設立。当時、民衆に漢学を教えた私塾であった。東がいの別号が「泊園」。「泊園」は私利にとらわれないという意味である。東がいは6歳でたいていの漢字を読んだ秀才で、七絃琴の名手。風雅を愛し、泊園の名のとおりの生涯を送ったという。この精神は南岳、黄鵠、黄坡と4代140年間守られた。現在石碑が立つ場所に塾が移されたのは南岳の頃で、明治9年(1876)。
南岳は一時、途絶えていた泊園書院を明治6年(1873)に再興。やがて最盛期を迎え、塾生は100名に達したという。江戸から続いた泊園書院は、昭和24年(1949)、黄坡の死によって幕を閉じた。その間に蓄積された2万冊余の蔵書は、現在、関西大学に泊園文庫として保存されている。また一族から昭和の流行作家、藤沢桓夫や石濱桓夫が出ている。
所在地:大阪府大阪市中央区淡路町1-5


昔は石碑があったようですが、今は看板のみのようです。

法妙寺

法妙寺(山号は本覚山)は近松寺とも通称し、寺伝によると1562年(永禄5年)の創建と伝わる寺院で、元は大阪城東辺にあったが、大阪夏・冬の陣後の復興整理のため、谷町筋8丁目寺町(現中央区谷町8丁目)に移転させられ、1967年(昭和42年)谷町筋の拡張のため、現在地に移転するまで在った。お寺の方のお話では、谷町に在った法妙寺は近松門左衛門の妻の実家が檀家だった関係で、近松門左衛門の墓が建てられていた。移転に際して、この墓も移転すれば、国史跡の指定が解除になるので、大阪市の要請もあり移転で出来なかったが、その他の近松の一族の墓や過去帳などは現在地に移転した。過去帳などは非公開であるが、数年前に大学の先生が研究のためにと要請があり、開示したことはあるとのことである。近松門左衛門の墓は移転できなかったが、谷町にある墓と同じような墓石を建て供養墓としている。
所在地:〒574-0014大阪府大東市寺川4-8-1


瀧安寺鳳凰閣

切妻造・桟瓦葺、平屋建で、その北端に宝形造の楼閣をあげた形態で、平等院鳳凰堂翼廊の気分が表現されている。設計は武田五一、施工は高橋組。箕面山の中腹に位置し、石垣を高く築いた敷地に建ち、箕面川の渓流とともに優れた景観をつくりだしている。
所在地:大阪府箕面市箕面公園内





本町橋

本町橋は、大阪府大阪市中央区の東横堀川に架かる本町通の橋、または、同橋東詰付近の町名。現在の橋は大正2年(1913年)に架け替えられたもので、大阪市内では現役最古の橋となっている。『浪速の名橋50選』に選定されている。
○概要・歴史
・大正以前
最初の橋は、豊臣秀吉が大坂城を築城し、東横堀川を開削したときまで遡る。年代は特定されていないが、天正13年(1585年)に東横堀川が開削されてからあまり経っていなかったと考えられている。大坂の陣(とくに冬の陣)の時は、戦略上の重要地点であったとされ、橋周辺で蜂須賀隊と塙直之が激突している。江戸時代になると、公儀橋として幕府による直接管理・維持がなされた。東詰に油問屋が集まり、、西詰に木綿問屋・呉服・古着屋が軒を連ね、大坂で最も賑わう地域とされた。享保9年(1724年)の「妙智焼け」とよばれる大火で本町橋をはじめ、いくつもの橋が焼失している。大火後、橋の北東側に西町奉行所が移転してきた。江戸時代のころの東横堀川の幅は現在よりも広く、本町橋も橋長が47.8mあったという。幅員は最初7.8mで、江戸時代後期には5.9mと幾分狭くなった。明治維新後、年代は特定されていないが、明治14年(1881年)までに鉄柱を持つ木橋に架け替えられた。当時は鉄橋はおろか、鉄柱木橋も貴重な存在であった。
○現在の橋
20世紀以降の大阪市電の敷設、都市計画事業による道路拡張にあわせて本町橋も大正2年(1913年)に鉄橋に架け替えられた。 三径間の2ヒンジアーチ橋で、下部は広くし、橋脚には石柱を模した飾りが付き、その上部はバルコニーとなっている。この橋は昭和57年(1982年)に大がかりな補修がされたが現役である。
橋長:46.5m
幅員:21.6m
形式:鋼アーチ(三径間2ヒンジアーチ)
完成:1913年(大正2年)


大阪府立貿易専門学校

大阪府立貿易専門学校は、かつて大阪府大阪市にあった、大阪府立の専修学校。2年制の専門課程を設置し、貿易実務や国際ビジネスについて学ぶことを目的としていた。英語表記は、Osaka College Of Foreign TradeでOCFTと略されていた。
○概要
1948年に1年制の各種学校「大阪高等貿易講習所」として、大阪市東区橋詰町(現在の大阪市中央区本町橋)で創立したことが、学校の始まりとなっている。その後2年制の専修学校へと改編された。公立の貿易実務分野の専修学校は、当時日本で唯一となっていた。しかし大阪府の財政難に伴い、2001年に廃校の方針が示された。学生や関係者らによる廃校反対運動も起こったが、2003年度からの新規学生募集を停止し、最後の卒業生を出した2004年3月に廃校された。
○沿革
1948年5月1日-大阪高等貿易講習所として、大阪市東区橋詰町で創立。1年制の各種学校として発足。
1967年4月1日-大阪府立貿易専門学校と改称。2年制の専門学校となる。
1976年4月1日-学校教育法の改正により、専門課程を設置する2年制の専修学校になる。
1985年4月1日-大阪市天王寺区夕陽丘町へ移転。
1995年4月1日-大阪市住吉区帝塚山東2丁目へ移転。
1998年12月25日-住吉区帝塚山東2丁目、最終所在地の校舎に移転。
2001年-大阪府議会9月議会で廃校の方針が決定。
2003年-この年から新入生の募集を停止。
2004年-廃校。
○最終所在地
大阪市住吉区帝塚山東2丁目1番41号
最終所在地の校地は、旧制大阪府女子専門学校→新制大阪女子大学(1924年-1976年9月)、大阪府立看護短期大学(1978年-1994年)、 大阪府警住吉警察署仮庁舎(1994年-1998年)としても使用されてきた。跡地は2000年代後半まで廃校当時のまま残っていたが、2010年には旧校舎は取り壊され更地になった。2011年から跡地に老人ホームが建設され、2012年7月に竣工した。



大阪市立愛珠幼稚園

大阪市立愛珠幼稚園は、大阪府大阪市中央区今橋三丁目にある公立幼稚園。
○概要
1880年6月1日に開園した。現存する幼稚園としては大阪府内では最も古い歴史をもち[1]、また日本でも2番目に古い歴史をもつ。現存する木造の幼稚園園舎としては日本最古、また民間の手によって建てられた幼稚園としても日本最古となっている。淀屋橋の南方、船場のオフィス街の中に位置し、適塾跡に隣接している。園の敷地は江戸時代の銅座の跡地で、その記念碑が建つ。大阪市立開平小学校との交流、専門家を招いての芸術文化体験、動植物の飼育栽培など、心豊かな子どもを育てることを目標とした幼稚園教育をおこなっている。また未就園児向けの保育や、夕方や長期休業中の預かり保育も実施している。
○沿革
1879年に道修小学校連合町会が、当時日本ではほとんど設置されていなかった幼稚園を設立して幼児保育の効果を社会一般に知らせようと建議をおこなったことが、幼稚園設立のきっかけとなっている。準備期間を経て1880年に東区今橋5丁目(現在の中央区北浜4丁目)に開園した。1889年には大阪市の市制施行に伴い、連合町会から大阪市に移管した。草創期の同園では、フレーベルの理論を取り入れた幼児教育がおこなわれた。また草創期には読み書きなどの教育もおこなわれたが、実践の中で幼児の発達段階にあわないことがわかり、読み書きなどの教育は短期間で中止された。明治~大正期にかけては、著名人の視察も頻繁におこなわれた。園舎が手狭になったために1883年には今橋3丁目(現在の中央区今橋2丁目)に移転したのち、1901年に現在地に移転した。1901年3月に竣工した木造平屋建建築の園舎は、100年以上使用されている現役の園舎で、現存する幼稚園園舎としては日本最古である。園舎は当時の主任保母らの意見を参考にしながら、文部省の技師の指導の元で大阪府の技師が設計した。園舎は御殿風の和風建築物で、敷地の周囲に高塀をめぐらせていること、天井を高くとっていること、園庭と遊戯室との間に段差を設けていないことなどの工夫がされている。大阪の町にも空襲が相次ぐなど第二次世界大戦の激化に伴い、軍需製品を製作・納入している会社が近隣にあったことから、空襲被害の際に木造園舎の火災が延焼することを恐れた会社側が、園舎の撤去願いを1945年3月末に大阪市に出した。園舎は当時から重要な教育建築物と認識されていたため、解体時期をできるだけ遅くしてもらうように園関係者が折衝したが、1945年6月には建物疎開の対象と決定した。同年8月4日に取り壊しが計画されていたが、空襲のために作業が遅れてそのまま8月15日の終戦を迎えたために取り壊しは中止され、戦後も引き続き園舎を使用している。園舎は1999年11月に大阪市指定有形文化財に指定された。大阪市の有形文化財指定制度はこの年に始まったため、「指定第1号」のひとつともなっている。その後2007年には、岡山県岡山市の岡山市立旭東幼稚園旧園舎(1908年建築・1979年解体・1999年復元保存)とともに、幼稚園の園舎として日本で初めて国の重要文化財に指定された。
○年表
1880年6月1日-東区今橋5丁目で創立。
1883年-東区今橋3丁目・鴻池善右衛門持家へ移転。
1889年-大阪市の市制施行により、大阪市に移管される。
1901年-現在地に移転。
1907年7月21日-英国フレーベル会が日本の幼稚園の現状を調査。同園は調査資料を提出。
1910年4月21日-第1回フレーベル祭を開く。
1913年-新しい保育として幼児劇を取り入れる。
1931年3月13日-米国のニュース社が保育の様子を取材し、トーキーに撮影。
1945年3月14日-第二次世界大戦の激化に伴い、この日以降を休園とする。
1945年10月1日-保育を再開。
1947年4月21日-大阪保育会結成式の会場となる。
1948年4月24日-大阪市立愛珠幼稚園PTA結成。
1950年5月24日-国公立幼稚園園長会結成式の会場となる。
1968年-「明治百年」の特集として、幼稚園初期の様子が複数のテレビ番組で放映される。また大阪府教育委員会製作の文化財映画「明治の大阪」に明治時代の同園の様子が採録保存される。
1999年11月-園舎が大阪市指定有形文化財に指定される。
2007年-園舎が国の重要文化財に指定される。大阪市の文化財指定は解除。
○交通
大阪市営地下鉄御堂筋線・京阪本線 淀屋橋駅 南東へ約100m
大阪市営地下鉄堺筋線・京阪本線 北浜駅 南西へ約500m

○所在地
〒541-0042大阪府大阪市中央区今橋三丁目1番11号

http://www.ocec.ne.jp/yochien/kindergarden/aisyu/