2012年1月25日水曜日

小戸神社

小戸神社は、兵庫県川西市小戸に鎮座する神社。摂津国河辺郡の式内社。『特選神名牒』には「おべ」とあるが、現在は「おおべ」と呼ばれている。
○祭神
大山津見尊
素盞嗚命
天児屋根命
○歴史
『摂津名所図会』に「小戸村にあり。『延喜式(神名帳)』に出づ。小戸・栄根・小花等の産土神なり。土人、小部天神と称す」とあり、猪名川の西岸一帯の産土神として崇敬されていた。
明治6年(1873年)8月村社となる。
明治42年(1909年)八阪神社と細川姫神社を合祀。
昭和42年(1967年)本殿新築。
平成20年(2008年)修復。
○境内社
藤森神社 大月姫命
稲荷神社 白龍大神
鹿嶋神社 武甕槌神
○文化財
大楠 兵庫県指定天然記念物 (昭和41年3月22日指定) - 根回り約12メートル、樹高約30メートル、推定樹齢500年。
○交通
阪急宝塚本線川西能勢口駅下車、徒歩8分
○所在地
兵庫県川西市小戸1丁目13-17
○例祭
10月18日





鴨神社

鴨神社は、兵庫県川西市加茂にある神社。摂津国河辺郡の式内社.
○歴史
姓氏録にある摂津国神別の「鴨祝部」の祖神を祀ったもので、天明年間(1781年~1788年)の火災により記録は失われているが、宇多天皇の皇孫篠の君が奉納したと伝える白羽の矢一筋を所蔵している。
明治6年( 1873年)8月村社となる。
明治14年(1881年)2月郷社に昇格す。
昭和45年(1970年)社殿を新築。
○祭神
別雷神
○境内社
春日神社 手力雄命
天照皇大神社 日若宮尊
愛宕神社 天香具土神
多賀神社 大国主神
荒神社 天香具土神
熊野神社 伊弉諾尊
稲荷神社 大月姫命
八幡神社 応神天皇
松尾神社 八十神
○史跡
加茂遺跡 (国の史跡、平成12年7月31日指定)
旧石器・縄文時代から平安時代にかけての集落跡。出土遺物は川西市文化財資料館に展示。
○交通アクセス
西日本旅客鉄道福知山線川西池田駅下車、徒歩8分
○所在地
兵庫県川西市加茂1丁目4-2
○例祭
10月16日・7月31日(夏祭)



2012年1月11日水曜日

大阪城残念石

このあたりの山々では大坂城を築城するために大量の石が採取されていたという。別名=「残念石」。残念石とは、大坂城の石垣に選ばれながら、石垣になれなかった石のこと。運搬の途中に落ちてしまったりとか、なんらかの理由で大坂城に運ばれなかった石を、研究者たちはそう呼んでいる。実はこの残念石、大阪のあちこちで見かけられるが、石に残る大名の家紋やくさびの跡で見分けるのだとか。
住所 〒579-8001 大阪府東大阪市善根寺町6-6
アクセス JR学研都市線「住道駅」よりバスに乗り換え「善根寺北」下車 徒歩12分

2012年1月4日水曜日

中山寺

中山寺は、兵庫県宝塚市にある寺院。真言宗中山寺派大本山。山号は紫雲山。本尊は十一面観音。西国三十三箇所第24番札所。本尊は十一面観世音菩薩であり、インドの勝鬘夫人(しょうまんぶにん)の姿を写した三国伝来の尊像と伝えられる。左右の脇侍も十一面観世音菩薩で、本尊と脇侍をあわせて三十三面となり、西国観音を総摂すると共に法華経に説く観音の三十三権変化身を表象し、真の三十三所巡拝と同じ功徳がえられるという。普段は秘仏となっているが、毎月18日に開扉される。地元では「中山さん」と親しみを込めて呼ばれている。
○歴史
寺伝では聖徳太子が建立したとされる日本最初の観音霊場。「極楽中心仲山寺」と称されていた。現在の本堂(慶長8年・1603年再建)や阿弥陀堂は豊臣秀頼が片桐且元に命じて再建した。羅漢堂には約800体の羅漢像が並ぶ。安産祈願の霊場として皇室、源頼朝など武家、庶民より深く信仰を集めた。豊臣秀吉が祈願して豊臣秀頼を授かったとされる。また、幕末には中山一位局が明治天皇を出産する時に、安産祈願して無事出産したことから、日本唯一の明治天皇勅願所となり、安産の寺として知られる。中山という山が背後にあり、山麓にある中山寺奥之院には厄神明王がまつられ、本堂脇にある湧水は大悲水と呼ばれている。中山寺の境内からは18丁、徒歩50分程度で参拝する事ができる。毎月の戌の日は、安産祈祷会があり、安産を願い、また、鐘の緒(かねのお)(祈祷を受けた腹帯)の授与を求めて、日本各地から多くの参詣者が訪れる。
○文化財
・重要文化財(国指定)
木造十一面観音菩薩立像(本尊) - 平安時代前期
木造薬師如来坐像 - 平安時代後期
木造聖徳太子勝鬘経講讃坐像 附:経机、経巻、台座、礼盤(各木造) - 鎌倉時代~室町時代
木造大日如来坐像 - 平安時代後期
・兵庫県指定重要有形文化財
本堂 - 慶長8年(1603年)豊臣秀頼の命で片桐且元が再建
護摩堂 - 慶長8年再建
大門 - 天保3年(1646年)徳川家光の再建
木造十一面観音立像 2躯 - 鎌倉時代
・兵庫県指定史跡
白鳥塚古墳
・宝塚市指定文化財
木造薬師如来坐像
木造愛染明王坐像
鉄製吊燈籠
銅製鰐口
「豊国大明神」神号 - 豊臣秀頼筆
町石
星下り祭
○行事
8月9日の夜に西国三十三箇所の観音が星に乗って中山寺本堂に集まるとされ、星下り大会式が行われる。8月9日の夜には、梵天(御幣)が中山寺の塔頭に納められる。この8月9日に中山寺に参詣すると四万六千日参拝したのと同じ功徳があるとされる。
2月3日節分には、毎年宝塚歌劇団生徒を招いての追儺(ついな)豆まき式が行われる。
彼女たちが扮する観音様が三毒(貪(とん/むさぼり(欲張る心))・瞋(しん/いかり(怒る心))・痴(ち/おろか(迷う心)/人間の諸悪の根源である)の象徴・三匹の鬼をさとし、福・禄・寿に変身させるというショーが行われる。
 札所 [編集]西国三十三箇所第24番
摂津国八十八箇所第69番(大師堂)
摂津国八十八箇所第70番(納経所)
摂津国八十八箇所第71番(奥の院)
摂津国三十三ヶ所第1番
阪急沿線西国七福神(寿老神堂)
真言宗十八本山
聖徳太子御遺跡26番(開山堂)
近畿三十六不動尊霊場21番(護摩堂)
神仏霊場巡拝の道兵庫15番
御詠歌
野をもすぎ 里をもゆきて 中山の 寺へまいるは のちの世のため
群雲のかかる浮世の中山に 慈悲の光やひとり晴れゆく
○所在地・アクセス
〒665-8588 兵庫県宝塚市中山寺2丁目11番1号
阪急宝塚線 中山駅 下車すぐ
JR宝塚線 中山寺駅 徒歩15分















清荒神清澄寺

清荒神清澄寺は、兵庫県宝塚市にある真言三宝宗の寺院(大本山)。摂津国八十八箇所第72番。896年(寛平8年)に宇多天皇の勅願寺として静観僧正により建てられた。本尊は大日如来。鎮守社として三宝荒神社があり、竃の神の荒神などを祀る神仏習合から「清荒神清澄寺」の名称がある。本尊は大日如来で、国の重要文化財に指定されている。山内には画家富岡鉄斎の作品を集めた鉄斎美術館が1975年に設立された。
○信仰
近隣地域では、「荒神さん」と呼び慣わされ、かまど神の一種として、ここで受け取ったお札を台所の神棚に祀るなどの信仰が根付いている。門前の緩やかな坂道には、屋台を含め200近い店舗が軒を並べて門前町を形成している。
○境内
山門 - 1891年築
眷属堂 - 布袋尊安置
本堂(本堂・霊牌堂と練行堂) - 江戸時代末期築、本尊大日如来像、不動明王像、高祖弘法大師像、四天王像安置
天堂 - 三宝荒神王、大聖歓喜天、十一面観世音菩薩他安置
護法堂 - 大勝金剛転輪王(如来荒神)、歓喜童子、弁財天安置
護牛神堂 - 牛頭天王安置
宝稲荷社
一願地蔵尊
龍王堂
荒神影向の榊
火箸納所
右崖庵
練行堂
池苑 - 池泉回遊式庭園、江戸時代初期
聖光殿
龍王滝
眼神祠
宝蔵
鐘楼
庫裏
鉄斎美術館
○文化財
・重要文化財(国指定)
木造大日如来坐像
絹本着色千手観音菩薩像
絹本着色釈迦三尊像 - 良全筆
・宝塚市指定天然記念物
自然林
イチョウ
○所在地
〒665-0831兵庫県宝塚市米谷字清シ1番地
○交通
阪急宝塚線 清荒神駅 徒歩20分(駅前より山門まで、店舗と露店が約200軒並ぶ)
年末年始と1月の土日祝日は、宝塚駅・歌劇場前より阪急の臨時バスが参道入口(駐車場)まで運行。パークアンドライドのため。
駐車場:有り。ただし、大晦日から正月三が日と1月の土日祝日は交通規制がしかれ、周辺は車の乗り入れが出来ないので、宝塚駅近辺の駐車場を利用すること。
2009年2月からは、宝塚~清荒神駐車場まで、日曜祝休日に限り6往復運行。








売布神社

売布神社は、兵庫県宝塚市にある神社である。式内社で、旧社格は郷社。旧川辺郡米谷村(まいたにむら)の産土神。 正式には旧字体を用い「賣布神社」と記す
○祭神
下照姫神(高比売神)を主祭神とし、天稚彦神を配祀する。一帯は物部氏一族の若湯坐連(わかゆえのむらじ)が拠点としていた地であり、本来の祭神は若湯坐連の祖である意富売布連[1](おおめふのむらじ)と見られる。
○歴史
推古天皇18年(605年)の創建と伝える。下照姫神は当地の里人が飢えと寒さで困窮しているのを愁い、稲を植え麻を紡ぎ布を織ることを教え、その後豊かになった里人が下照姫神を祀ったという伝承が残る。 米谷村の由来もこの伝承にちなみ、米種(まいたね)か売布谷(めふたに)が転訛したといわれている。延喜式神名帳では小社に列格している。中世以降、貴布禰神社や貴布禰明神(貴船大明神)と称していたが、元文元年(1736年)、寺社奉行大岡忠相より地誌編纂を命じられた並河誠所の調査によって当社が式内・売布神社に比定され、以降は売布神社と称するようになった。明治6年(1873年)、郷社に列格した。
○社殿・境内
本殿は桧皮葺流造で、文化13年(1816年)の建立。兵庫県南部地震で被災、修復された。
末社は、豊玉神社、稲荷社、市杵島比売命(弁才天)。
○例祭
10月18日・19日に行われるだんじり祭は八坂神社(宝塚市清荒神)と共催で、米谷東(売布、米谷)、米谷西(清荒神)の2基の地車が宮入りする。
○文化財
1736年に立てられた「賣布社」の標石と、4,100m2の社叢が宝塚市文化財に指定されている。
○所在地・交通
兵庫県宝塚市売布山手町1-1
阪急宝塚線売布神社駅から徒歩5分





○例祭
10月19日

源立寺

源立寺は、大阪市池田市に所在する日蓮正宗の寺院だが、正信会僧侶が居住・占有している。山号は恵日山。
○起源と歴史
1583年(天正11年)2月15日 - 大石寺僧中納言日誉師により摂津国長柄に建立される。
1876年 大石寺とともに日蓮宗興門派(本門宗)の設立に参加。
1877年(明治10年) - 現在地に移転
1900年- 大石寺とともに本門宗を離脱し、日蓮宗富士派(日蓮正宗)の発足に参加。
1962年(昭和37年)2月15日 - 改築される。
1982年(昭和57年)2月5日 - 第25代住職が第67世法主日顕上人の法主としての地位を否定したため、日蓮正宗の宗制宗規に違背したことにより破門されたが、源立寺を占有し、居住している。
源立寺は日蓮正宗の末寺である。現住職(代表役員)も日蓮正宗の僧侶(豊中市の本教寺住職が兼務)である。また、総代(責任役員)も日蓮正宗の信徒であり、土地建物も源立寺の所有するところである。ただし裁判所の第25代住職の地位保全の決定によって、存命中は源立寺を占有することは認められているため、何らかの理由で退去しない限りは日蓮正宗は源立寺においては宗教活動をすることはできない状態である。
○所在地
大阪府池田市槻木町1-10


山本奥古墳群C支群

山本奥古墳群は長尾山丘陵に数多く築かれた古墳時代終わりごろの群集墳のひとつで、全体で28基ほどの古墳が確認されています。この群は7つのグループに分かれていますが、その1つのC支群は1987年にはkkつ調査を行い、11基からなるグループである事が分かりました。C支群の古墳は全て横穴式石室を持つ円墳で、規模の大きなものから小さなものへと順に作られていったようです。出土物としては棺に使われた鉄釘や支社に供えられた須恵器などが見つかっていますが、それらの特徴から古墳は7世紀の始頃に築かれたものと考えられます。群集墳はいくつかの家族の古墳が集まったものと言う事ができますが、古墳の規模が小さくなっていく事や、副葬品の量が少ないことなど、古墳時代の終り頃の様相を示しているといえるでしょう。調査終了後、一部に変更を加えたい害はおおむねもとの姿のまま、良く似た地形を持つ当地へ移築復元し、古墳のある後援として利用する事になりました。なお、この近隣の尾根には中期古墳である長尾山古墳も存在しています。
所在地:宝塚市山手台東1丁目4(長尾山古墳の東に数メートル)













2012年1月1日日曜日

明けましておめでとうございます。

明けましておめでとうございます。今年もよろしく御願いします。

2011年12月31日土曜日

今年1年ありがとうございます。

今年1年ありがとうございます。
写真の整理がうまく言ってない関係であまり投稿できませんでしたが来年もよろしくお願いします。