2018年6月5日火曜日

光明院

仏頂山金輪寺光明院と称し、高野山真言宗金剛峰寺に属す。金輪仏頂釈迦如来を本尊に、子育地蔵菩薩・十一面観音菩薩
を脇仏として安置している。寺伝では光明皇后の発願により天平元年(729)に創建され僧行基の開基と伝えられるが、以後の記録は元禄11年(1678)に光明院愈舜瑞照が逢坂奉行所へ提出した「光明院寺社記載願」 中にみえる「降三世法一巻」の奥書にある「正和4年(1315)6月22日於泉州毛須光明院書了」の記事による他はない。堺市史によると光明院は堂塔が廃壊し、瓦礫礎石のみになっていたが、慶長・元和のころ宗祐法師が小庵を結んで居住し、以降道祐法師・明祐比丘・寿宝比丘尼・寿円比丘尼・愈舜へと法灯を継承し、享保17年(1732)に大鳥神社の神宮寺鳳寺の末寺となった。慶応4年(1868)の神仏分離令により、大鳥神社の神鳳寺が廃寺となったので、当時神鳳寺の末寺であった当寺に仏像類・絵画・建物等の文化財を移し現在に至る。寺内にある神宮皇后の建立と伝えられる、頭守り地蔵は頭痛、中風よけ地蔵として有名である。
所在地:大阪府堺市北区百舌鳥赤畑町5-732







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