この顕彰版註の地図には、昭和初期からこのあたりに住んだ落語家の居宅跡が記されており。実際、尋ねてみると現在の住民の了承のもと記念名盤が掲示されている。昭和7年(1932)、二代目笑福亭枝鶴(落語家。後の五代目笑福亭松鶴)が東成区片江町に転居した。同じ頃、花月亭九里丸(漫談家)、片江町に、続いて横山エンタツ(漫才師)、都家文雄(漫才師)も近隣に転居し、片江町を中心に芸人の町が形成された。昭和10年(1937)に、2代目笑福亭枝鶴が上方落語の大名跡・五代目笑福亭松鶴を襲名すると、翌年(1936)、自宅を「落語荘」と名付けて同人を募り、「上方はなし」を発行。貴重な上方落語の資料を後世に伝えると共に、昭和12年(1937)には大阪・京都で「上方話を聴く会」を開始するなどして、更新の若手落語家の育成、指導に尽力した。昭和初期より昭和30年代にかけて、この「落語荘」を中心として多くの芸人が住み、六代目笑福亭松鶴、五代目桂文枝、二代目笑福亭松之助、三代目桂米朝、三代目桂米之助といった逸材が、お互いに切磋琢磨し芸を磨いた。片江が上方落語復興に果たした功績は極めて大きいといわれている。
所在地:大阪府大阪市東成区大今里3-11-2(東成区住在宅サービスセンター前)
最寄駅:近鉄奈良線・大阪線「今里駅」、大阪市営地下鉄千日前線「今里駅」
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