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2025年3月25日火曜日

新寸賀尻樋門(新豊島川水門)

 満潮時に旧猪名川から新豊島川に水が逆流入するのを防ぐため普段は閉じていますが、新豊島川の水量が増えると自動で水門が開き水があふれるのを防ぎます。レンガ造りの水門です。

所在地:大阪府豊中市名神口3丁目4-5



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新寸賀尻樋門(新豊島川水門) 新寸賀尻樋門(新豊島川水門) 満潮時に旧猪名川から新豊島川に水が逆流入するのを防ぐため普段は閉じていますが、新豊島川の水量が増えると自動で水門が開き水があふれるのを防ぎます。レンガ造りの水門です。 所在地:大阪府豊中市名神口3丁目4-5

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旧猪名川水門

 尼崎市戸ノ内の旧猪名川にある水門です。場所は兵庫県ですが管理は大阪になってるようです。旧猪名川と神崎川の境にある緑色の水門です。神崎川から旧猪名川への逆流を予防するための水門です。昭和41年12月に完成したそうです。

所在地:兵庫県尼崎市戸ノ内町4丁目4-1









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旧猪名川水門 旧猪名川水門 尼崎市戸ノ内の旧猪名川にある水門です。場所は兵庫県ですが管理は大阪になってるようです。旧猪名川と神崎川の境にある緑色の水門です。神崎川から旧猪名川への逆流を予防するための水門です。昭和41年12月に完成したそうです。 所在地:兵庫県尼崎市戸ノ内町4丁目4-1

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2023年4月29日土曜日

木津川水門

 木津川水門は、造船所などがならぶ木津川にあるアーチ型水門である。台風などで押し寄せてくる大阪湾からの高潮をせき止めることを目的に、昭和45年(1970年)11月に整備された。アーチ型ゲートの主水門とスイング式ゲートの副水門からなっており、主水門の径間は57m、副水門の径間は15mである。ともに緑色で彩られ象徴的な景観を呈している。高潮対策の歴史を伝える重要な建造物であり、大正区の地域特性を如実に伝える建造物でもある。重要な機能を持ちながらも、シンプルな構造と外観を有する水門は、景観的にも優れ、景観資源としてふさわしい。

所在地:大阪府大阪市大正区三軒家東3丁目6番



伝法水門

 伝法水門は大阪市此花区伝法にある水門で、今はなき伝法川の河口に掛けられました。1873年の淀川の改良工事に伴い水位を調整する伝法閘門(でんぽうこうもん)が完成。その後、工業化の発展に伴い地盤沈下が激しくなり、1951年から伝法川の埋め立てが始まりました。1964年に伝法閘門は水門に替わりました。現在伝法川は新淀川に注ぐ部分のみが漁港として残されています。また、伝法は大阪市内にある漁港で、大阪市漁業組合もここにあります。100名近い漁師が大阪湾や淀川で漁をし、毎日中央卸売市場で卸しています。また、伝法水門は伝法川と新淀川の合流地点でもあり、近くにはヨットハーバーもあります。伝法の名前の由来は諸説ありますが、一説によると「仏教(仏法)が伝わってきたところ」と言う意味があると言います。

住所:〒554-0002大阪府大阪市此花区伝法5丁目12?19


西島水門

 ◆概要 

淀川改良工事(明治 29 年~明治43 年(1896 年~1910 年))の新淀川開削による西島川締切りに際し、新淀川と西島川の舟運を確保するとともに、洪水防禦の目的で明治43年(1910年)に西島閘門が竣工した。その後、昭和初期から始まった累年の地盤沈下によりその公用がなくなり、水門に改築する必要が生じたため、淀川修補工事(昭和 14 年~昭 和 39 年(1939 年~1964 年))に伴い昭和 35 年(1960 年)に西島水門に改築した。西島水門は竣工後、大阪府で維持管理と操作をしていたが、昭和 46 年(1971 年)から建設省(現:国土交通省)で維持管理と操作をしている。

◆所在地 

大阪府大阪市西淀川区西島1丁目1?205



出来島防潮水門

 出来島駅を出て川沿いに造られた防潮堤のそばの道を歩く。途中、国道43号線に架かる出来島大橋の下をくぐって、自転車と歩行者専用の道を歩く。約10分で出来島水門に着きます。この場所は、神崎川から西島川が分岐してゆくところで、出来島水門は西島川への堰き止め用の水門になっています。水門の下流側にデッキが渡してあって、これが対岸への通路のなっています。関係者のみのものでなく、ごく普通に生活用通路なっています。デッキに上がってみると、水門が手の届く位置に目の前に迫ってきます。水門の対岸には、水門に併設して管理棟が建っていて、上屋に管制塔のような監視塔が付いています。西島川は、神崎川から分岐した後は淀川に注いでいます。その流路は1.49kmで、淀川への出口に西島水門がある。神崎川水系は、西大阪治水事務所神崎川出張所が管轄している。月1回のゲートの作動テストを行っている。「定期試運転日程表」がデッキのフェンスに掲示してありました。それと、次回の試運転日が大きく表示してありました。

所在地:大阪府大阪市西淀川区西島1丁目2?103

阪神電鉄なんば線出来島駅下車、徒歩約8分





安治川水門

 安治川水門は高潮の被害から大阪地域を守るために安治川河口に設置された防潮水門である

○大阪地域の高潮対策

大阪平野は沖積平野であり海抜が低く、台風による風が吹き付ける方向に対して大阪湾が開口しているために幾度となく高潮の被害にあってきた。加えて人口の集中、工業化の進展に伴い進行した地盤沈下ともあいまって1934年の室戸台風、1950年のジェーン台風、1961年の第2室戸台風では大きな被害を出した。そのため防潮施設の整備が進められてきたが1965年より大阪高潮対策恒久計画が策定された。高潮の被害を防ぐためには防潮堤をかさ上げする方法があるが、淀川流域では2mのかさ上げが必要であり都市の景観が変わってしまうこと、多数の橋梁と道路の改築が必要なこと、また防潮堤の延長が長くなることなどの理由により実現は困難とされた。そのため河川の河口部に防潮水門を設け、海水の遡上を防ぐことが考えられた。計画では伊勢湾台風クラスの台風が室戸台風の経路を通り満潮時に大阪を直撃したケースを想定し、計画高潮位を大阪湾の平均干潮位(以下O.P.と略す)に5.2mを加えた値に設定した。この値は台風シーズン(7?10月)の平均満潮位2.2mと台風による潮位の上昇を3.0mと想定し合計したものである。 そして、防潮水門外での計画堤防高は変動量1.4mを考慮しO.P.+6.6mに、防潮水門内での計画堤防高は計画貯留水位3.5mと余裕高0.8mを加えたO.P.+4.3mに設定された。この計画に従い防潮水門の設置が行われた。正蓮寺川水門、六軒家川水門、三軒家水門ではローラーゲート水門が、安治川水門、尻無川水門、木津川水門では船舶の航行が盛んであったためにアーチ型水門が採用された。なお、神崎川流域では橋梁が比較的少なかったために防潮堤方式が採用された。


○アーチ型水門

安治川水門で採用された形式はアーチ型水門といい、アーチ型の鋼製ゲートが上流側に倒れることで水門を閉鎖する。この形式の水門は通常の水門と比較すると航路の確保、耐震性、耐風性の面で優れている。日本国内では同計画で設置され、基本設計を同一とする安治川水門、尻無川水門、木津川水門の3か所が存在している。


○アーチ型水門の構造

・主水門

主水門の扉体は二つの部分からなり中央部のヒンジで結合されている。幅66.7m、高さ11.9m。鋼鉄製で総重量は530トンに達する。主塔上部の巻き上げ機からワイヤーで支えられており、開閉はワイヤーの繰り出し、巻き取りによって行う。


・巻上機室、ガイドアーチ、ピア、ケーソン

ガイドアーチは90度の円弧を描く鋼製の構造物で、上部に巻上機室が設置されている。ガイドアーチ下の部分はピアといい、鉄筋コンクリート製である。ピアはケーソンによって支えられており、ケーソンは地下44メートルの地盤に達している。また両側のピアを結ぶ地下通路が設置されている。


・支承部

両側のピアに扉体を支える支承部が設置されている。この部分は主水門開閉時以外は水面の浮遊物が流れ込まないように防塵スクリーンで保護されている。


・副水門

副水門は水位調節用に設置されている。幅17.1m、高さ11.55mの鋼鉄製スイングゲート式水門である。扉体重量は107トンである。開閉は油圧シリンダーにより行う。


○アーチ型水門の運転

・操作

1.サイレン吹鳴

2.主水路の信号を赤に切り替える

3.緩衝用チェーンを張る 船舶が接近できないように普段は水底に沈んでいるチェーンで水路を閉鎖する。

4.防塵スクリーン開放

5.主水門閉鎖 巻き上げ機からワイヤーロープを繰り出し扉体を上流側に90度倒す。

6.防塵スクリーンを扉体に接触させる

7.副水門閉鎖

8.水門閉鎖中に上流から流れてくる水は上流の毛馬排水機場に設置されたポンプで新淀川に放流される。

水門を開くときは逆の手順で行う。


・命令系統

水門閉鎖は大阪府知事の指令に基づいて西大阪治水事務所長が行うことと定められている。水門の閉鎖基準は高潮警報発表後潮位がO.P.+2.5mを超えるまでである。


○稼動実績

1975年8月22日?23日 台風6号

1979年9月29日?10月1日 台風16号

1994年9月29日?30日 台風26号

1997年7月26日?27日 台風9号

2003年8月9日?10日 台風10号

2004年8月30日?31日 台風16号

2004年9月7日 台風18号


○安治川水門諸元

所在地:大阪市港区弁天6丁目3-13

形式:アーチ型ゲート(主水門)、スイングゲート(副水門)

径間:57.0m(主水門)、15.0m(副水門)

有効幅員:55.4m

閉鎖時天端高:O.P.+7.40m

扉体の大きさ:幅66.7m、高さ11.9m(主水門)、幅17.1m、高さ11.55m(副水門)

扉体重量:530t(主水門)、107t(副水門)

操作時間:50分 扉体を閉めるのに要する時間:30分(主水門)、10分(副水門)

動力:電動機60kW 2基ワイヤー巻き取り式(主水門)、22kW 2基油圧式(副水門) 発電機:ガスタービン自家発電機600馬力

基礎:ニューマチックケーソン44.0m

完成年月日:1970年3月

事業費:31億3800万円

施工:大林組、日立造船







六軒家川水門

 六軒家川水門は、安治川大橋を挟んで安治川水門の上流側にある。ただし、安治川と平行に流れる六軒家川に設けられていて、上流で分流する正連寺川の水系に属している。正連寺川水門のところでも説明したが、高見機場との機能と連携した高波対策とと利水体系を構築している。六軒家川・正連寺川一帯は、昔から今に至る大阪の工業の中心地帯を形成している地域で、利水の点では同水系の恩恵を受けているところであり、また、土地の低い0メートル地帯でもある。大工場が犇めきあっている。六軒家水門は敷地に立ち入ることができない管理施設になっている。すぐ上流に春日出橋が架かっている。橋の東詰で大阪鉄工所跡の石碑を見つけた。そばには、日立造船発祥の地を示すモニュメントも立っている。六軒家川水門の下流側の側面は、安治川大橋の歩道上から一望できる。水門は、3連からなっていて、左岸と右岸の両方の副水門に比べて中央の主水門が副水門に比べて1.5倍ほどの径間を持っている。 

ローラーゲート3門型

径間:主水門14m副水門8.5m(有効幅員13.6m) 敷居高さ O.P.-3.0m

六軒家川河口に設置・昭和44年3月完成

所在地:大阪府大阪市此花区春日出南1丁目1-1( 大阪府西大阪治水事務所)(JR大阪環状線西九条駅下車、徒歩約15分)








2021年7月26日月曜日

番田水門

 神崎川や番田水路の合流地点にあり、洪水時に神崎川から番田水路への流入を防ぐため平成19(2007)年に供用開始。門は中央の柱を挟んで2つあり、1つの門は幅18.3メートル、重さは約60トンと重厚。門は通常20分で閉まるが、緊急時は約60トンの自重を利用して約10分で閉めることが可能。

所在地:大阪府大阪市東淀川区相川三丁目・北江口1丁目










2018年11月10日土曜日

道頓堀川水門

道頓堀川と木津川の合流点に設けられた、メタリックな水門。とんぼりウォーク等、水都大阪復活をめざした河川整備の一環として、水質浄化や水位の一定化などの目的により2001年3月に建設された。道頓堀川水門と東横堀川水門との開閉操作によって、東横堀川と道頓堀川の水質の浄化をしています。これは、道頓堀川水辺整備事業の一環で、上げ潮と下げ潮の潮位を利用して、道頓堀川への水の出入りを調節して、寝屋川の汚れた水は大川に流して、道頓堀川を浄化しようとするものです。 水門は左岸側と右岸側の2門になっていて、左岸側の下流のラジアルゲート型水門と、上流川のマイタ-ゲート型水門の操作で、船を航行させる閘門の機能を持っている。右岸側は、スルースゲート水門になっています。道頓堀川水門に最も近づけるのは、上流側では日吉橋、下流側は、木津川にかかる大正橋の西詰です。ゲートの上に水門似つかわしくないような、すっきりとした管理棟を付けて、街中に溶け込むデザインになっています。ゲートの幅は、右岸側・左岸側ともに10m位のもので、コンパクトな設計の水門です。なにわ探検クルーズの川の環状線コースに乗船すると、この、道頓堀川水門と、東横堀川水門の両方を間近に見ることができる。

所在地:大阪府大阪市西区南堀江4、浪速区幸町3













2018年4月15日日曜日

東横堀川水門

平成12年(2000)に完成した水門で、道頓堀川にある水門と一対をなしている閘門です。門の前後で水面の高さが違うときに水門内で水位の調整を行って船を通航させるというのが閘門です。大雨のときの水位の調整や潮の干満を利用して水質をきれいにするなどの機能もあります。
所在地:大阪府大阪市中央区高麗橋1丁目