2015年10月1日木曜日

安満遺跡

安満遺跡は、大阪府高槻市にある弥生時代の遺跡。三島平野の東端部に位置し、高槻市東部を流れる桧尾川が形成した扇状地に立地している。国の史跡に指定されている。
○概要
遺跡は、1928年に京都大学農学部付属農場建設工事の際に発見された。さらに1966年頃から、住宅開発が始まったことをきっかけに農場北側の発掘調査が行われ、集落跡が広範囲に広がっていることから、比較的大きい規模の集落がこの地に拓けていたことが判った。1928年の調査で多量の弥生時代の石器や土器が出土し、これらの出土品から弥生文化が北部九州から畿内へ流入したと初めて指摘された点で学史上著名な遺跡である。また、この地が弥生文化を知る上で重要な遺跡であることから、農場北側、東西600m、南北100mの範囲が国の史跡に指定されている。全体では東西1500m,南北600mに及び、当時の土地利用が明らかになっている遺跡である。1966年からこれまで、50次に及ぶ発掘調査が行われている。現在は、運動場と公園となっている。
○集落
三島地方で初めて米作を始めた土地であり、弥生時代前期から中期まで続いた集落があったとされている。居住群のまわりに壕でめぐらせる環濠集落跡で、集落の南側に用水路を備えた水田が広がり、東側と西側は墓地になり、方形周溝墓が100基以上確認されている。このあたりは湿地帯で、遺跡の北東に流れる桧尾川の洪水や氾濫に脅かされることも多かったため、一時期山麓の芝谷遺跡などの高地性の集落へと移った形跡があったとされている。
○集落の変遷
発掘調査から集落は弥生時代を通じて5段階の変遷をたどっていることが確認され、大きく3段階で構成される。
・前期
居住域が遺跡中央部南寄りの高台に設けられ、東西150m、南北140mの不整形な環濠で囲まれた部分が中心となる。生産域である水田は、居住域の南側の一段低くなった区域にあり、東西約400m,南北約150mの範囲に広がっている。墓域は、居住域の東方300mから500mの地域。
・中期
中期では、2段階の変遷がたどれる。
中期(前):居住域、生産域、墓域のいずれもが前期と同じ場所で営まれるが、それぞれの規模は大きくなる。
中期(後):居住域はこれまでの区域とその北側200mの区域とに分かれ、生産域も前半の区域のほかに東方に小規模な水田区が現れる。墓域は前半のものが放置され、遺跡の西部と中央北部に新たに設けられるようになる。このことは、これまで1つのグループのものであったのが、この時期に2つのグループに分化したものと考えることができる。また、後期でも2つのグループにわかれている。
・後期
中期に比べ規模は縮小すると同時に、大きな変化が見られるようになる。後期でも2段階の変遷を認めることができるがその間に大きな差はない。居住域は、前期以来の区域に規模を縮小しながら営まれるものと、その東方500mの地点でこれまで墓域であった地域に設けられたものがあり、北の高台にあった居住域は消滅する。生産域は、それぞれの居住区の南側の低地に設けられているが、墓域についてはまだ確認できていない。

所在地:高槻市八丁畷町・高垣町



この木の当りのようです。

三宝荒神祭2015

大寺さんとして親しまれている堺の開口神社で三宝荒神祭が営まれます。台所の火を守る神様のお祭りで、食物作りに関わる人々が大勢お詣りします。
所在地:〒590-0953大阪府堺市堺区甲斐町東2-1-29
開催期間:2015年11月28日10:00~
交通アクセス:阪堺電気軌道「大小路駅」もしくは「宿院駅」から徒歩3分、または南海「堺駅」・南海高野線「堺東駅」から南海バス「大寺北門前」~徒歩2分
主催:開口神社
問合せ先:開口神社社務所072-221-0171
http://www.aguchi.jp/

高野街道まつり2015

河内長野駅前から三日市町駅前までを会場に、「高野街道まつり」が開催されます。河内長野市を南北に縦断する「高野街道」には歴史的、文化的な遺産が数多く存在します。河内長野駅周辺エリアでは、「手づくりにぎわい市」や地場農産物の販売をはじめ、なにわ伝統野菜のふるまいやフリーマーケットなどが行われます。高野街道エリアではスタンプラリーが、三日市町駅前エリアの「宿場市」では、地場旬産市や紀州高野街道名産市などが催されます。
開催期間:2015年10月25日10:00~16:00※雨天決行(荒天中止)
開催場所:大阪府河内長野市河内長野駅周辺~高野街道~三日市町駅前
交通アクセス:南海高野線・近鉄長野線「河内長野駅」下車
主催:高野街道まつり実行委員会
問合せ先:河内長野市観光政策課0721-53-1111
http://kouyakaidou.kankou-kawachinagano.jp/

十夜会2015

大念佛寺で十日十夜の別時念仏会が行われます。「十夜会」とも呼ばれ、この娑婆世界で十日十夜お念仏を喜び称えることは、最上の善であり、大きな功徳が授かるとされる無量寿経の説に由来する行事です。13時からお勤めがあり、お説教、詠讃舞踊のあと、17時頃から厄除けのおかゆがふるまわれます。
所在地:〒547-0045大阪府大阪市平野区平野上町1-7-26
開催期間:2015年11月14日13:00~17:00
交通アクセス:JR大和路線「平野駅」から徒歩5分、または大阪市営地下鉄谷町線「平野駅」から徒歩8分
問合せ先:大念佛寺06-6791-0026
http://www.dainenbutsuji.com/

勝運の寺勝尾寺もみじまつり2015

勝尾寺では紅葉シーズンになると、8万坪の境内が赤や黄、緑に彩られます。本堂や二階堂へ向かう参道を覆う紅葉のトンネルが、中でも人気の鑑賞スポットとなっています。11月中の土日祝には、期間限定の特別ライトアップ「幻想の世界へ」が行われ、昼の厳かな雰囲気とは趣きの異なる、神秘的かつ幻想的な景観が広がります。※11月中の土日祝は、勝尾寺から箕面駅方面へは一方通行規制のため通行不可
所在地:〒562-8508大阪府箕面市勝尾寺
開催期間:2015年11月上旬~下旬ライトアップ/11月の土日祝日没~19:30(閉門)
交通アクセス:北大阪急行・地下鉄御堂筋線「千里中央駅」からタクシー約20分または阪急バス約30分「勝尾寺」~徒歩1分
主催:勝尾寺
料金:入山料/大人400円、中小生300円
問合せ先:勝尾寺072-721-7010
http://www.katsuo-ji-temple.or.jp/

扇祭り2015

扇を使った芸能事の上達を祈願する祭りが開口神社で開催されます。砂で作った壇にて焚上げ神事が行われ、使い古した扇子が焼き上げられます。その灰は扇塚の後に設けられた穴に埋められます。
所在地:〒590-0953大阪府堺市堺区甲斐町東2-1-29
開催期間:2015年11月6日11:00~
交通アクセス:阪堺電気軌道「大小路駅」もしくは「宿院駅」から徒歩3分、または南海「堺駅」・南海高野線「堺東駅」から南海バス「大寺北門前」~徒歩2分
主催:開口神社、扇塚顕彰会
料金:参拝無料、祈願絵馬奉納有料
問合せ先:開口神社社務所072-221-0171
http://www.aguchi.jp/

藤井竹外邸跡

高槻藩士という地位にはあまり興味を示さず詩作に傾倒。幕末に生きた著名な詩人・藤井竹外の邸宅跡碑。
住所:大阪府高槻市野見町2-33(高槻現代劇場前)
アクセス:阪急高槻市駅より徒歩8分



報恩講2015

報恩講は、宗祖親鸞聖人の90年にわたるご苦労を偲び、その徳を讃え、ご恩を報恩する、門信徒にとって最も大切な法要です。期間中は、聖人が好んだとされるあずきがゆの接待をはじめ、仏具や日用品のバザーなどが催されます。
所在地:〒541-0053大阪府大阪市中央区本町4-1-3
開催期間:2015年11月11日~16日
交通アクセス:地下鉄御堂筋線「本町駅」2号出口からすぐ
問合せ先:本願寺津村別院(北御堂)06-6261-6796
http://www.kitamido.or.jp/

牛滝山もみじまつり2015

古くから紅葉の名所として知られる大威徳寺境内で「牛滝山もみじまつり」が開催されます。地酒や野菜の天ぷら、だんじりグッズの販売などが行われ、多くの人で賑わいます。
所在地:〒596-0114大阪府岸和田市大沢町1178
開催期間:2015年11月23日10:30~
開催場所:大威徳寺
交通アクセス:南海本線「岸和田駅」から南海ウイングバス南部約50分「牛滝山」すぐ
主催:岸和田市、岸和田市観光振興協会
問合せ先:岸和田市観光振興協会072-436-0914

2015年9月27日日曜日

高槻カトリック教会・高山右近記念聖堂

高槻は、キリシタン大名で有名な高山右近ゆかりの地。高槻城主であった右近は、徳川家康のキリシタン禁制が配布された際にマニラに追放され、そこで生涯を終えています。その右近の臨終の地であるマニラ郊外アンテイポロにある聖母大聖堂を模してカトリック高槻教会に建てられたのが、高山右近記念聖堂。聖堂の前庭には、教会に向かってひざまづいて祈りを捧げる右近の大理石像があります。
※阪急高槻市駅下車 南へ約400m
住所:大阪府高槻市野見町2-26

http://www.catholic-takatsuki.jp/





高山右近天主教会堂跡

高槻商工会議所前に、高山右近天主教会堂跡の碑が建てられている。高槻城主和田惟政が白井河原の合戦(1571年)で討死した後、家臣高山飛騨図書・右近父子は、惟政の子惟長と対立し、これを追放して、1573(天正元)年高槻城主となった。高山右近は、摂津高山庄(現在の能勢町)の地頭代官高山飛騨図書の長男として生まれ、1564(永禄7)年に受洗し、ジュストの名を授けられた。父(洗礼者ダリオ)とともに、熱心なキリスト教者であった。領民への積極的な布教により、高槻領内の信者は、領民2万5千人のうち、じつに1万8千人を数え、領内には、教会堂が20箇所も立てられたという。
天主教会堂は、1574年高槻城に隣接して立てられ、、宣教師ルイスフロイスの「日本史」によると、大きな木造の会堂と、傍らに司祭や修道士の館を立て、池を設けた美しい庭園を備え、一角には大十字架が建てられたと言う。1581年の復活祭には、約1万5千人の信者が集り、巡察師ヴァリニャーノを迎えて盛大に行われた。1998(平成10)年には、高槻商工会議所と隣接するマンション建設に伴う発掘で多くの人骨に加え、29基の木棺が発掘された。木棺の中には、蓋に十字架が墨書されたものがあった。また木製ロザリオも出土し、大規模なキリシタン墓地であることが判明した。
所在地:大阪府高槻市大手町3


大阪医科大学看護専門学校校舎(旧大阪高等医学専門学校別館)

ヴォーリズ建築事務所の設計による医学専門学校の別館。鉄筋コンクリート造3階建で,玄関部にロンバルディア帯,バトルメント状の装飾を施すほか,窓部のオジーアーチや葱花ドームなどイスラム様式を採り入れている。地域の歴史的建築として親しまれている。
所在地:大阪府高槻市大学町2-7



小川香料大阪支店社屋

三休橋筋東側の街区に南面して建つ。建築面積153㎡、鉄筋コンクリート造、地上4階、地下1階建。円弧を用いた窓枠と窓庇を交差させた独特な意匠をみせ、玄関上部には八角形のステンドグラスをあしらうなど、全体をアールデコ様式でまとめた佳品。
構造及び形式等:鉄筋コンクリート造一部鉄骨造4階地下1階建、建築面積153㎡
建築年:昭和5年/昭和38年増築
所在地:大阪府大阪市中央区平野町2-3-1



石切劒箭神社秋季大祭太鼓台巡行2015

石切劔箭神社で、毎年10月21日から22日に五穀豊穣を感謝する秋の例大祭が斎行されます。24日から25日には神社境内をはじめ、近隣地域を勇壮な太鼓台が巡行します。秋季大祭にあわせて、宝物館の一般公開(10月21日~22日9:00~16:00/無料)も行われます。
所在地:〒579-8011大阪府東大阪市東石切町1-1-1
開催期間:2015年10月21日~22日【1日目】宵宮祭/18:30、上之社宵宮/16:30【2日目】例大祭/11:00、上之社例大祭/14:00※太鼓台巡行/24日~25日
交通アクセス:近鉄けいはんな線「新石切駅」から徒歩7分、または近鉄奈良線「石切駅」から徒歩15分
主催:石切劔箭神社
問合せ先:石切劔箭神社072-982-3621
http://www.ishikiri.or.jp/

2015年9月18日金曜日

八州軒の跡

大坂の新田開発は、江戸時代の元禄年間(1688~1704)頃から盛んになった。この付近も1698(元禄11)年に、当地の開発者である雑賀屋七兵衛によって開かれた春日出新田である。1722(享保7)年、井原西鶴の「日本永代蔵」にも登場する泉佐野(現泉佐野市)の豪商食野屋の所有となった。農民から小作料を徴収し、新田の維持・管理を行う会所が建設されたが、八州軒はその会所の庭園で、摂津(現在の大阪府・兵庫県)・河内・和泉(ともに現大阪府)・紀伊(現和歌山県)・淡路・播磨(ともに現兵庫県)・山城(現京都府)・大和(現奈良県)の八州を一望できたことから名付けられた。津守新田会所(西成区)の向月庭とともに、大阪屈指の名園として名高かったが、第二次世界大戦の戦災にあって消失した。建物は1906(明治39)年、神奈川県横浜市の三渓園内に移築され、臨春閣として重要文化財に指定されている。
所在地:大阪府大阪市此花区春日出南1-3(春日出公園内)
アクセス:JR大阪環状線西九条駅北港2丁目・北港ヨットハーバー行ほか此花区役所前徒歩7分


大阪鉄工所跡の碑・日立造船株式会社発祥の地の碑

大阪における洋式造船業発展の基礎となった大阪鉄工所は、1879(明治12)年にキルビー商会支配人のイギリス人E.H.ハンターによって創設された。約1万㎡の敷地を持つ工場であったが、急増する需要にこたえるため、1898年、海に近い大阪市此花区桜島に移転し、現在の日立造船所へと発展した。
所在地:大阪府大阪市此花区西九条七丁目2春日出橋南詰(市バス「此花区役所前」下車南東約800m)




東大寺水無瀬荘園跡

東大寺領水無瀬荘園跡は、現在の島本町広瀬・東大寺にあたるとされ、天平勝宝年間(749~757)に、聖武天皇の勅によって成立した、大阪府内で最も古い荘園の1つである。当時の荘園を描いた「摂津国水無瀬絵図」は、東大寺領の墾田図で、天平勝宝8(756)年の年紀が記された正倉院最古の絵図の1枚である。荘園は天王山と淀川に挟まれた低湿地にあり、面積は、わずか2町4反64歩(約2万9千㎡)であった。荘園としては小規模で、生産性はさほど高くない。この荘園が東大寺領になったのは、水無瀬が淀川水系によって、京都奈良に通じる水陸交通の要衝に位置し、播磨(現、兵庫県)・阿波(現、徳島県)・周防(現、山口県)・伊予(現、愛媛県)などの荘園から、年貢を東大寺へ輸送する際、中継地の役割をになったことが考えられる。平安時代末期から鎌倉時代にかけて、荒廃田の再開発が進み、1214(建保2)年には、荘園の面積が約3.2倍となった。この間、荘園を巡る東大寺と国司の争いが絶えず、平安時代を通じて国司に税免除を要求した文書が30通近く残されている。戦国時代になると、荘園は東大寺の直接支配から離れて代官請負制になり、最終的に荘園は私領化され、消滅した。現在は「東大寺」という名だけが残されている。
所在地:大阪府三島郡島本町東大寺3


離宮八幡宮

離宮八幡宮は京都府乙訓郡大山崎町にある神社。
○概要
石清水八幡宮の元社にあたる神社。八幡大神を祭神とする。貞観元年(859年)に清和天皇が、神託により国家安泰のため宇佐神宮から分霊し平安京の守護神として奉安することとし、その時に九州に使わされた大安寺の僧行教が帰途山崎の津(当時の淀川水運の拠点港)で神降山に霊光を見、その地より石清水の湧いたのを帰京後に天皇に奏上したところ、国家鎮護のため清和天皇の勅命により「石清水八幡宮」が建立された。その後、嵯峨天皇の離宮「河陽(かや)離宮」跡であったので社名を離宮八幡宮とした。また、貞観年間に神官が神示を受けて「長木」(てこを応用した搾油器)を発明し荏胡麻(えごま)油の製造が始まったことから、日本における製油発祥地とされる。その後「大山崎油座」の制度で荏胡麻油の販売権を独占して、多くの兵火に焼かれながらも江戸時代まで栄えた。しかし、幕末「禁門の変」時に長州藩屯所が山崎にあったため、攻撃を受けて多くの商家とともに焼失。廃藩置県により社殿のすぐ西から大阪府に割譲し、さらに1871年(明治4年)に境内北側を国策による鉄道事業にささげ、境内はさらに縮小した。
○基本情報
祭神 : 応神天皇、神功皇后、酒解大神、比売三神
創建 : 859年(貞観2年)
社格 : 旧府社
本殿の建築様式:八幡造
○祭事
4月3日:日使頭祭(ヒノトウサイ)
9月15日:例祭
○境内外社
武内社、天照皇太神社、蛭子神社、鹿島神社、気比宮、 高天宮神社、小禅師宮、勝手神社、腰掛天神社、高良社など
○年表
<>は関連事項
859年 : 貞観元年(859)に石清水八幡宮として創建。
1864年(元治元年):禁門の変で被災。
1868年(明治元年)3月:<神仏分離令>
1871年(明治4年)5月14日:<社格制度制定>
1945年(昭和20年)12月15日:<神道指令>
1986年:製油メーカーを中心として「油祖離宮八幡宮崇敬会」が設立される。
○文化財
・重要文化財
大山崎離宮八幡宮文書 24巻、1冊、1鋪、52通
・登録有形文化財(国登録)
本殿
拝殿
中門
透塀
手水所
高天宮神社
・その他
惣門-大山崎町指定文化財
東門-大山崎町指定文化財
塔心礎-大山崎町指定文化財
○交通
JR京都線 山崎駅 徒歩1分
阪急京都線 大山崎駅 徒歩3分
○所在地
京都府乙訓郡大山崎町大山崎西谷21-1

http://rikyuhachiman.org/






高津宮址

仁徳天皇の高津宮の所在地には江戸時代より諸説があり、現在も盛んに論争されています。当地の他、現大阪城、上町台地の北端、現難波宮などです。この碑は明治32年(1899)仁徳天皇1500年祭を記念し建立されたもので、その後道路拡張工事のため、現在地に移転しています。
所在地:大阪府大阪市天王寺区餌差町10番47号(高津高校の敷地内に石碑あり)




2015年9月12日土曜日

常照皇寺の紅葉2015

樹齢600年の「九重桜」や「御車返しの桜」など桜の名木があることで知られる常照皇寺には、「十二単」と称されているモミジがあります。静寂な境内に映える紅葉の美しさは訪れた人を魅了します。
所在地:〒601-0313京都府京都市右京区京北井戸町丸山14
開催期間:2015年10月下旬~11月下旬拝観時間/9:00~16:00
交通アクセス:JR「京都駅」から「周山行」のバス「終点」乗換~バス「山国御陵前」~徒歩7分、または名神高速道路「京都南IC」から車約1時間15分
問合せ先:常照皇寺075-853-0003