歴史散策
2018年10月14日日曜日
シュウエケ邸
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シュウエケ邸(Choueke House)は兵庫県神戸市中央区にある異人館。 重要伝統的建造物群保存地区「北野町山本通」の伝統的建造物。 ○概要 明治29年(1896年)、建築家A.N.ハンセルの自邸として建設されたゴシックを基調するコロニアルスタイルの西洋館。広い庭園は芝生...
2018年10月7日日曜日
イタリア館・プラトン装飾美術館(アボイ家住宅)
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イタリア館・プラトン装飾美術館は兵庫県神戸市中央区の北野町にある歴史的建造物、美術館。1991年(平成3年)に一般公開された。旧アボイ邸とも。北野・山本地区の伝統的建造物。 ○概要 アボイ氏の自邸として大正4年(1915年)に建設された西洋館を、各部屋に18世紀から19世紀の...
綱敷天満宮新嘗祭2018
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祈年祭とともに古くから行われてきた新嘗祭が、綱敷天満宮で執り行われます。春先に行われる祈年祭では五穀豊穰を祈り、秋の新嘗祭では一年の収穫を神々に感謝し、新穀をお供えして、感謝の祝詞を奏上します。 所在地:〒654-0053兵庫県神戸市須磨区天神町2-1-11 開催期間:2018年...
華の草津宿本陣2018
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国指定史跡の草津宿本陣が、秋の花々で彩られます。盆養の大菊が街道沿いの板間に並ぶ様子は圧巻です。本陣内の広間には、秋を感じる生け花も飾られます。11月2日と3日には「草津街あかり・華あかり・夢あかり」が同時開催され、宿場町がやさしい灯りに包まれます。両日とも草津宿本陣の開館時間が...
真田まつり2018
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1614年(慶長19年)の大坂冬の陣の際、真田幸村が抜け穴として設けたと伝わる地下の暗道がある三光神社で、「真田まつり」が開催されます。真田幸村の抜け穴が1年に一度公開されるほか、戦勝式典や子供甲冑試着体験が行われます。 所在地:〒543-0013大阪府大阪市天王寺区玉造本町14...
2018年10月1日月曜日
煉瓦倉庫レストラン街
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煉瓦倉庫レストラン街は、神戸港にある明治時代の赤レンガ倉庫2棟を再利用したレストラン施設である。オープンは1992年(平成4年)。 ○概要 この3棟のレンガ倉庫は1898年(明治31年)に日本貿易倉庫が建設したものといわれている。 ハーバーランド事業でこれらを商業利用するとい...
京橋川魚市場跡
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京橋川魚市場跡 『大阪の魚市場といえば雑魚場市場が著名である。しかし近世の魚市場は雑魚場ひとつでなく、木津や天満にも海魚を扱う市場が営まれていた。また海魚とは別に川魚を扱う市場が京橋にあった。京橋川魚市場の起源は、石山本願寺の時期に設けられた鮒市場とされる。もともとは漁民が、...
2018年9月30日日曜日
偏増寺
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永正10年(1513)年に圓如上人が阿弥陀如来をおまつりして建てられた古いお寺です。慈恩大師の西方要決文中の「利物偏増」の字から利物山偏増寺とつけられたと伝えられています。祖父にあたる石山本願寺八代の蓮如上人の名にある蓮の字から、蓮を好まれて、裏にあった池に蓮の花を育てて楽しまれ...
田島神社
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古い記録は洪水などで紛失していますが、残った石灯籠などに刻まれた文言によれば、少なくとも貞享元(1684)年にはすでに神社があったことがわかります。その頃、菅原大神を主神とし、事代主命・八幡大神を相殿として天満宮といわれていました。寛政4(1792)年には、少彦名命を主神として天...
鶴橋地域に残る旧家の家並み
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桑津街道は、上町台地の細工谷を起点とし、東住吉区の桑津天神社に至る街道である。仁徳天皇が高津宮から、桑津に住む妃髪長媛(かみながひめ)のもとに通ったとされる。この街道は旧木野村(現在の桃谷2丁目周辺)の集落も通っており、この辺には旧家の家並みが残っている。 所在地:大阪府大阪市...
大阪慈恵病院跡
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明治20年代の大阪には、病院も少なく医療施設は貧弱であった。そうした社会情勢を背景に、生活困窮者を対象に緒方惟準・高橋正純らが中心になって慈恵会を組織し、病院を運営した。最初、中央区唐物町(円光寺)で診療が始められ、移転を重ねながら拡張、大正13年当地へ移り、後に市に移管されたが...
生野八坂神社
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東成郡誌第三編、生野村第四神社の項に『素盞嗚尊神社、大字林寺字林に鎮座せり…』とあり、その創祀は諸書に『元禄二巳(1689)年勧請』とありますが、他にも説があって定かではありません。東成郡林寺村(旧地名)の氏神様として崇敬されていましたが、明治41(1908)年に天王寺区の河堀稲...
難波寺
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難波寺は、大阪府大阪市生野区にある臨済宗妙心寺派の寺院。山号は月江山。本尊は十一面観音。 ○歴史 この寺は、752年(天平8年)勅命により行基によって現在の天王寺区東高津町に創建されたと伝えられ、当初天台宗に属していた。室町時代に入ると荒廃し、江戸時代に入って中興され臨済宗に...
成恩寺
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関白一条実経公が弘安2年(1278)山崎邑に創建し、臨済宗東福寺開山聖一国師の弟子奇山円然禅師を招して開山とし、宝興山成恩寺と名づけられました。その後梅田に移築しましたが、大阪駅の拡張により、現在の林寺の地に移転、東福寺大阪別院と改名し、また、昭和61(1986)年6月本山の命に...
俊徳街道道標2基と西俊徳地蔵堂
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生野区勝山北4丁目に西俊徳地蔵堂があり、等身大の座像石仏が祀られている。説明板には、俊徳丸が四天王寺へ参る際、清い流れの平野川のほとりで休憩したとある。この地蔵堂横には四天王寺南門からほぼ真東へ延びる俊徳街道の道標が二基ある。街道を東へ進むと東俊徳地蔵堂があり、尊像は堂内奥に安置...
生野神社
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木瓜を神紋とする生野神社の古名は、牛頭天王宮という神号を用い、明治5(1872)年村社、明治42(1909)年素盞嗚尊神社を経て、戦後の昭和22(1947)年に生野神社と改称。 神社の鳥居は小振りながら宝永7(1710)年の刻銘があり、区内では最も古い貴重なもので、鳥居より背の高...
舎利尊勝寺
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正しくは、南岳山舎利尊勝寺。現在の本尊は、聖観世音菩薩である。約1400年前、用明天皇のころ、生野長者と呼ばれる長者に言葉の不自由な子が生まれた。長者が、四天王寺伽藍を建立するために来ていた聖徳太子にすがると、太子はその子に向かい「わたしが前世に預けた3つの仏舎利を返しなさい」と...
源ヶ橋温泉浴場
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アーケードを抜けて路地の先にあるお風呂屋さん。玄関の上には2体(トーチを持つ手が左右対称)の自由の女神像、屋根の上には鯱、丸窓のステンドグラスに3種類のタイルと2種類の瓦。ふと足元を見ると橋の欄干らしきものが左右にあり「源ヶ橋・げんがばし」と彫ってある。まさに異次元の世界。設計建...
木村権右衛門邸跡の神木
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木村重成(大坂夏の陣で討死。享年23歳)の姉婿 猪飼野左馬助の子孫である木村権右衛門邸宅の跡地にある。現在は駐車場となっているが、樹齢約400年の椎の木の神木と立派な石灯籠、庭石が残されている。神木は重成のお手植えといわれている。樹齢約400年のシイ神木と立派な石灯籠、庭石が残さ...
旧猪飼野村にある旧家・大東邸
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旧家「大東邸」は、土蔵の外壁材は古い船板を使っており、300坪以上ある屋敷内には広大な庭園や古い石枠の井戸が現存し、母屋の中(昔の土間)にある井戸は現在も散水用などに使用しているという。昔の面影を残す旧家の大きいものがこれまでに多く解体され、旧猪飼野村(現在の鶴橋)では現存するも...
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