歴史散策

2015年12月30日水曜日

今年も1年ありがとうございました。

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今年も1年ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
2015年12月27日日曜日

常善寺

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常善寺は、寛永元年(1748)に創建された寺で、道頓堀のなにわ五座の演目を決める相談を、役人や関係者が行っていた寺である。当時、席主は船で、演者は街道を歩いてきたという。 所在地:大阪府大阪市東成区大今里1-2-14 最寄駅:大阪市営地下鉄千日前線・今里筋線「今里駅」 ...

歳之神(賽神)

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一本の藤の木と共に、今里小学校の裏側にひっそりと鎮座している。歳之神は疫病や災難を防ぐ神(道祖神)とされている。期限は天正11年(1583)、豊臣秀吉が大坂城築城時に守り神として各方面に祀ったものの1つとされている。しかし現存する物は珍しい。 所在地:大阪府大阪市東成区大今里1...

玉楠大明神(1300歳の楠)

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大阪府下でも古い部類に当たる樹齢1300歳を数えるという楠があり、幹周は11m、樹高は25mあり、平成17年(2005)1月に大阪市保存樹に指定された。明治18年(1885)の淀川大洪水で、この地域一帯が水没した差異、当時の今里村民40数名は、この楠に櫓を組んで、3日ほど耐え忍び...
2015年12月23日水曜日

道明寺天満宮例祭(梅花祭)2016

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菅原道真公の命日である2月25日に、道明寺天満宮で例大祭が行われます。この時期に見頃となる美しい梅の花が供えられることから、「梅花祭」とも呼ばれます。毎月25日に行われている骨董市も開催されます。 所在地:〒583-0012大阪府藤井寺市道明寺1-16-40 開催期間:2016年...

道明寺天満宮梅まつり2016

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道明寺天満宮境内の梅の見頃にあわせて「梅まつり」が開催されます。宝物館で菅公遺品の特別公開(入館有料)が実施されるほか、詩吟や子供獅子舞をはじめ、神道夢想流杖術、合気道、歌謡曲など各種奉納行事が行われます。境内には野点席(有料)も設けられます。※奉納行事、野点席などは、期間中の土...

生國魂神社祈祷木焼納神事2016

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生國魂神社では、厄除などの心願成就を祈願した祈祷木焼納神事が毎年2月3日の夕刻より執り行われます。参拝者自身が祈願を書き込んだ祈祷木を、境内に設けられた焼納斎場で、神職が大祓詞を奏上しながら焚き上げます。 所在地:〒543-0071大阪府大阪市天王寺区生玉町13-9 開催期間:2...
2015年12月21日月曜日

深江・高井田の工場街

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大阪東部地域の有数の有数なこう常集積地。深江・高井田地域はかつて鋳物の工場が多いところだった。今ではその鋳物の技術を活かして、道教や茶釜などの工芸品や特殊な製品を開発し手いる企業もある。ほかにも、人工衛星の開発で有名になった企業や、セルロイドの技術を活かしてスキーのゴーグルなど...

段倉

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明治の淀川の氾濫で深江地域の古文書などが流された。そのため石を積み上げて貴重な書類を蔵に収容し、その他の物品などは低い蔵に収容した。その名残が段蔵として残っている。  

安堵の辻

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貞和4年(1348)、沙弥教信が現れて、法明商人に向かって「あなたは永年念仏を唱えながら、人々を助けてこられた。おかげで来年6月16日(一説では13日)の朝、極楽へ安らかに旅立つことが出来るだろう」と。上人はお告げどおりにその日に亡くなった。法明上人がであったところが辻だったの...

人間国宝角谷一圭記念深江郷土資料館

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地元の投資家の寄贈で平成22年(2010)7月に開館した資料館。深江の菅笠の歴史や道具、各種作品などが展示されている。注目すべきは展示されている平成元年(1989)の今上天皇の大嘗祭(即位式)の写真に、直径2mの「深江菅笠」が写っていることである。ここでは謙譲されたこの巨大な菅...

深江歴史文化まつり

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毎年、11月に開催される東成歴史文化まつり~暗越奈良街道にあわせて、深江歴史文化の会が主催するまつり。深江地域の神社、仏閣、文化施設等で展示物やイベントを見学して回りながらスタンプをあるめる、まちあるきスタンプラリーがが開催されている。数年前から灯篭を地域でで製作。子供たちに絵を...
2015年12月19日土曜日

足代だんじり

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布施駅南側の足代地区は、布施駅周辺で唯一の「だんじり」を保有している。昭和38年までは、布施駅周辺の角逐には「だんじり」が存在したが、管理組織の人手不足や曳き手の子供の減少等いろいろな制約のため、次々と姿を消した。そんな社会的試練の中、布施駅周辺で唯一の「足代だんじり」は今も現役...
2015年12月18日金曜日

矢田地蔵

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道標には「従是二り松原一りくらがり峠一里余小瀬一り矢田山」とある。豊臣秀吉の弟秀長が大和郡山城主となり、大坂城と郡山城の行き来が頻繁になったため、暗越奈良街道の整備が進んだ。この矢田地蔵は、その郡山にある、紫陽花で有名な矢田寺に所縁がある。8月の地蔵盆には、今でも矢田寺から僧侶が...

妙法寺

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近世国学の祖といわれる契沖が、延宝7年(1679)から元禄3年(1690)までの11年間、住職をした寺である。契沖は武家の出で、尼崎に生まれ、11才の時に出家して仏門に入った。高野山で修行に励み、妙法寺住職となってから本格的に国学研究に専念した。徳川光圀から以来され、「万葉代匠記...

八阪神社と一里道標

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八阪神社の入り口に「暗越奈良街道距高麗橋元標一里」の道標(明治35年7月設置)がある。江戸時代には、二軒茶屋が街道の起点であったが、明治9年(1876)に高麗橋に起点が移った。その高麗橋東詰の里程元票から一里(4㎞)の位置にあたることを示している。その奥にある八阪神社は旧中道村の...

二軒茶屋・石橋跡

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江戸時代から奈良街道の往来はいよいよ盛んになり、この街道の基点であった玉造に「つるや」「ますや」という二軒の茶屋が建てられた。旅人たちの休息の場として繁盛した。ここに茶屋が二軒あったことから「二軒茶屋」といわれ世に広く知れ渡った。この二軒の傍らを流れていた猫間川に宝永8年(171...

中道本通り警邏連絡所

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昭和12年(1937)に建てられ、今も当時の面影を残している警邏連絡所。府内の連絡所の中で5番目に古い。戦争により周囲の家屋の大半が空襲で焼損する中で唯一、焼け残った。地元住民に愛され、保存活動も起こっている。また暗越奈良街道のハイカーの集合場所としてもよく使われ、撮影スポットに...

赤レンガ倉庫

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今里地域は昭和の初め、セルロイド産業のメッカだった。セルロイドは引火しやすいので、壁面は防火造りのしっかりしたレンガでつくり、その一方屋根はいつも吹き飛んでいいように軽い素材でつくられた。このような完全な形で残っているレンガ倉庫は珍しく、今でも誌y自治捨て使われており、保存が望ま...

神路小学校

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このあたりを神路という。この地名は、神武天皇がこの辺りを通って東征したとの伝説から大正5年(1916)に命名された。神路小学校は現存する小学校では東成区一古く、明治6年(1873)創立。創立塔寺は坂東小学校(「大阪の東」という意味)といい、現在の火袋式道標付近にあったのだが、大正...
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