歴史散策

2012年10月26日金曜日

御代参街道

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御代参街道は、江戸時代に近江国に整備された脇街道。東海道土山宿(現甲賀市)から中山道小幡(現東近江市)までの約36kmを結ぶ。「東海道脇街道」「北国越安土道」が正式名称。伊勢道、市道とも呼ばれる。春日局が1640年(寛永17年)に伊勢神宮から多賀大社へ参詣した際に整備されたと伝え...

鶴川街道

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鶴川街道は、東京都町田市中町より同市鶴川、神奈川県川崎市麻生区黒川を経由し、東京都調布市下石原を結ぶ街道。現在は以下の3つの都道・県道より構成され、両端は町田市役所交差点の町田街道と下石原1丁目交差点の甲州街道である。なお、かつての道筋は現在のものとは一部異なっているほか、本町田...

松平往還

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松平往還とは、愛知県岡崎市にある岡崎城と同県豊田市の松平郷とを往来する街道である。松平道ともいう。 ○概要 松平往還の正確な経路は改修・破壊されており不明な箇所が多いが、滝から米河内までは大沼街道と重複している。中世には開かれており、松平氏発祥の地である松平郷と、家康生誕の地で...
2012年10月21日日曜日

府中街道

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府中街道は、川崎駅付近と所沢駅付近を結ぶ道路の通称。江戸時代頃に整備された街道であるため、基本的に片側1車線の狭い道路であるが、部分的には片側2車線に拡幅された部分もある。東京都区間において、事実上の府中街道バイパスを整備中である。これは、現道である是政橋を渡るのではなく、並行す...

八神街道

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八神街道は、元和元年(1615年)頃、尾張藩の重臣として登用された八神城主であった毛利広義が、名古屋城へ登城するための道筋として開いたもので、八神渡船により八神から木曽川を渡船し、下沼、下祖父江、山崎、森上、片原一色、矢合、北島、増田、迫間、西市場を経て清洲付近の美濃街道に合流す...

白河街道

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白河街道は、陸奥国の会津若松と同国の白河を結ぶ街道である。会津若松と奥州街道を結んでいた。 ○概要 現在の福島県会津地方と中通り地方南部を結ぶ。また、現代の交通路では、国道294号に相当する。新潟などの地域と江戸を結ぶ街道としても利用され、脇街道にもあげられる。道中には滝沢本...
2012年10月20日土曜日

西通

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西通とは、青森県むつ市内の街道。 ○概要 藩政時代、下北郡田名部村から同郡川内村を経由して、同郡脇野沢村へ至る南部藩の脇街道。名前の由来は、下北半島西部南側の陸奥湾沿岸を西通と称することによる。国道338号 田名部~脇野沢の路線に相当する。脇野沢から「小舟、漁船」による海の道が...

西宮街道

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西宮街道は、西宮(兵庫県西宮市)から小浜宿(宝塚市小浜)に至る街道の名称。「馬街道」の別称もある。また現在、中津浜線を逆瀬川付近で「西宮街道」とも呼ばれている。 ○概要 西宮から宝塚市小浜宿に至るルートで、下記の地域を通る。 西国街道?廣田神社?門戸厄神東光寺?甲東村?神呪?上...

盛街道

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盛街道は、岩手県奥州市水沢区(旧 水沢市)と同県大船渡市を結ぶ街道。別称 気仙街道、江刺街道。 ○概要 藩政時代、奥州街道の水沢宿から東に分岐した仙台藩領の脇往還で、人首(ひとかべ)、世田米(せたまい)、盛を結ぶ。 ○宿場 水沢宿 (岩手県奥州市水沢区) 岩谷堂宿(岩手県奥州...

杣街道

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杣街道は、江戸時代に滋賀県(近江国)甲賀郡に存在した街道。杣海道、新海道とも。 ○歴史 杣川沿いのこのルートは近江朝時代の東海道で「倉歴(くらぶ)道」ともいう。壬申の乱後に一旦廃れたが、平安時代にも886年(仁和2年)に鈴鹿峠経由で関に至る「阿須波(あすは)越」に変更されるまで...

脇往還

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脇往還は、江戸時代の五街道以外の主要な街道をいい、「脇街道」や「脇道」とも呼ばれた。脇往還もまた、五街道と同様に道中奉行が管理しており、宿駅・一里塚・並木などが整備された所も多い。主なものに身延街道(甲州往還)、下田街道、川越児玉往還、水戸街道、美濃路、伊勢路、日光例幣使街道、千...

九戸街道

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九戸街道とは、青森県八戸市から岩手県岩手郡葛巻町を結ぶ街道。 ○概要 藩政時代、八戸城下から九戸郡軽米村を経由して、岩手郡葛巻村へ至る八戸藩の脇街道。 ○宿場・伝馬継所 八戸城下 軽米 円子 伊保内 戸田 葛巻

境関所

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境関所 は、北国街道の越中国(現富山県朝日町)と越後国(現新潟県糸魚川市)の国境に加賀藩が設けた関所。 ○概要 口留番所として設置していたものを、慶長19年(1614年)に正式に関所として整備した加賀藩領の東端にある関所。加賀藩はこの地を直轄地とし国境警備に重点をおいたので、全...

釡石街道

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釡石街道は、岩手県盛岡市から同県遠野市を抜け、同県釜石市を結ぶ街道 ○概要 藩政時代、盛岡城下から閉伊郡横田村を抜け、仙人峠を越えて閉伊郡平田村へ達する街道。幕末の釜石鉱山の開発以降、釜石へのルートが幹線となり、明治14年の県統計書で三等県道として「釜石街道」があげられている。...
2012年10月19日金曜日

舟形街道

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舟形街道は、羽州街道舟形宿(山形県舟形町)と手向宿(山形県鶴岡市羽黒)を結ぶ街道。六十里越街道(国道112号)とともに、出羽三山への参詣に向かう代表的な街道であり、かつて松尾芭蕉も通った。山形県の内陸地方と庄内地方を結ぶ、大変重要な街道でもあった。また、東北随一の雄藩、仙台藩に上...

東京街道

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東京街道は、栃木県宇都宮市の国道4号(西原交差点以南)と国道119号(西原-池上町交差点間)の通称。 ○概要 宇都宮市中心部に位置する池上町交差点は、JR宇都宮駅と大谷方面を結ぶ「大通り」と陽南を経て東京方面に至る「東京街道」が交差する丁字路である。この池上町交差点から東京方面...

出羽仙台街道

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出羽仙台街道は、江戸時代に陸奥国の最大都市である仙台藩・仙台城下町(現・宮城県仙台市。地図)と、西廻り航路(北前船)の出羽国における拠点的な港町である庄内藩の酒田湊(現・山形県酒田市。地図)とを結んだ街道のうち、奥羽両国を隔てる奥羽山脈を超える区間、すなわち、吉岡宿(宮城県黒川郡...

西近江路

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西近江路は、近江国(滋賀県)から越前国へ通じる街道で、古代・中世の北陸道。北国海道、北国脇往還、北国往還、北国脇道とも。1887年(明治20年)に西近江路として県道となりこの名称が定着した。古来より都と北陸を結ぶ道として人の往来が多いだけでなく、壬申の乱、藤原仲麻呂の乱、治承・寿...

駿州往還

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駿州往還は、甲斐国(山梨県)と駿河国(静岡県)を結ぶ街道のひとつ。なお、「駿州往還」とは甲州側からの呼び方で、静岡側からは「甲州往還」(こうしゅうおうかん)と呼ばれていたほか、地域によっては別の名称で呼ばれることがある。(後述) ○地理 甲府から中道往還とともに五街道の一つである...

姫街道

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姫街道とは、江戸時代以前の徒歩時代における、主要街道の別ルートの一部に対する呼び名。本街道に峠道・川越えなどの難所、厳しい関所などの面倒があった場合に、それらを避けるための別ルートが選ばれる場合があった。また、本街道と比べると人通りが少なく、犯罪に巻き込まれる可能性が少ない・警備...
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