全国天神社のうち2番目の古社とされる上宮天満宮で、菅原道真公の命日にあたる日に例大祭が行われます。最寄り駅のJR高槻駅から神社まで露店が立ち並び、多くの人で賑わいます。
所在地:〒569-1117大阪府高槻市天神町1-15-5
交通アクセス:JR京都線「高槻駅」から北に徒歩10分
開催期間:2014年2月25日~26日10:00~22:00頃
主催:てんじん祭実行委員会
問合せ先:上宮天満宮072-682-0025
http://www.tcn.zaq.ne.jp/jogu/
天王寺七坂
天王寺七坂は、大阪市天王寺区の上町台地西側(夕陽丘地区)にある7つの坂の総称。北から順に
○真言坂
生國魂神社の北側にある南北の坂。かつては真言宗の寺院が六坊あった。
天王寺七坂と呼ばれる坂の一つで、一番北に位置し、かつ唯一南北に通る。北側の上り口は千日前通の南(阪神高速高津入口付近)に通じ、上り口に真言坂の顕彰碑がある。南向きに坂を上ると生國魂神社の北の鳥居・石段の前へ至る。坂の名の由来は、このあたりに生國魂神社の神宮寺だった法案寺をはじめとした真言宗の仏教寺院が十坊(「生玉十坊」と呼ばれた)あったことに由来する。これらの寺院は明治時代初頭の神仏分離により撤去され、現在は周辺はマンションやラブホテルが建ち並んでいる。真言坂の両脇もマンションである。現在の坂は自動車が通れる石畳となっている。(南向きの一方通行である。)
○源聖寺坂
坂の下に浄土宗・源聖寺がある。天王寺七坂と呼ばれる坂の一つで、坂の名は、坂の上り口北側に源聖寺があることに由来する 西側の上り口は下寺町の松屋町筋に通じ、坂を上りきると生國魂神社正門の少し南、齢延寺と銀山寺の間を通る。道筋は上町台地上で水平となり、東は谷町筋・生玉南交差点の一つ南の辻へと至る。上り口から途中までは石畳となっているが、途中から階段状になり、少し東南東に向きを変える。かつて石段を上りきった場所に昭和末期まで「源九郎稲荷」があった。コンニャク好きの狸が祀られ、天王寺区史に「こんにやくの八兵衛」という祠があったことが記されている。現在どこへ還座されたかは不明で、生國魂神社に還座されたと記した資料がある一方、同名の末社とは無関係との記述もある。
○口縄坂
口縄坂は、大阪市天王寺区にある坂。「天王寺七坂」のひとつ。「大阪みどりの百選」に選定されている。
・概要
天王寺区下寺町2丁目から夕陽丘町にかけて東西にのびている坂で、東側(夕陽丘町)の標高が高くなっており、途中は石畳の階段になっている。前後の道はそのまま西側は松屋町筋、東側は谷町筋(地下鉄四天王寺前夕陽ヶ丘駅付近)につながっている。「口縄」とは大阪の古い言葉で「蛇」のことであり、坂の下から道を眺めると、起伏が蛇に似ていることからそう呼ばれるようになったとされている。
・周囲
周囲は小さな仏教寺院が多数ひしめいている。坂を登りきった場所の北側にある梅旧院には松尾芭蕉の供養塔がある。南側に織田作之助の文学碑があり、彼の著書である『木の都』の一節が刻まれている。 また、織田作之助が七坂の内、一番愛した坂でもある。
○愛染坂
坂の上に勝鬘院(愛染堂)がある。
○清水坂
清水寺の北側にある。天神坂は大阪府大阪市天王寺区にある坂。天王寺七坂の一つ。天王寺区伶人町と逢阪1丁目との境界に位置する。東西に通じ、西側の標高が低くなっており、東は谷町筋、西側は松屋町筋に接続する。途中、菅原道真を祀る安井神社へ通じており、天神坂の名の由来となっている。かつて、安井神社鳥居の前に「相坂の清水」と呼ばれた名水処があった。現在は坂の上り口から神社脇にかけて清水をイメージした疏水が設けられている。
○天神坂
安井神社(天神(菅原道真)が祀られている)へ通じる坂。
○逢坂
一心寺の北側の国道25号線の坂。逢坂は、大阪市天王寺区にある坂の名称。なお、地名のほうは、「逢阪」(「さか」はこざとへん)と記し、周辺の地理についても本頁にて記載する。
・概要
道路(坂)としての逢坂は、天王寺区逢阪1丁目の「天王寺公園北口交差点」から四天王寺1丁目の「四天王寺交差点」にかけて東西にのびている坂で、現在は国道25号線そのものである。東側(四天王寺)の標高が高くなっている。西側は松屋町筋、東側は谷町筋につながっている。「天王寺七坂」のひとつで一番南にある。
・歴史
平安時代の頃には、坂の上り口にあたる現在の天王寺公園北口交差点あたりまで海であり、このあたりは「合法ヶ辻」と呼ばれ、のちの浄瑠璃『摂州合邦辻』の舞台ともなった。逢坂の名の由来は"合う坂"に由来するともいわれる。江戸時代の頃には逢坂は「あふさか」とよばれ、「合坂」、「相坂」と記すこともあった。近代以前は馬車馬が音をあげるほど急な坂だったと伝えられ、道も狭かった。明治9年(1876年)に茶臼山観音寺の住職が寄付を集めて坂を切り崩して緩やかにする工事を行った。明治時代末期に大阪市電の第三期線建設に伴い、道路が拡張されてほぼ現在の姿になった。
・地理
地名としての逢阪は、逢阪1丁目と2丁目となる。国道25号線を挟んで北が1丁目、南が2丁目となる。東は谷町筋、西は松屋町筋までの範囲である。
がある。これらの坂のある地域一帯はいわゆる「寺町」であり、江戸時代に大阪城下より移転させられた仏教寺院が多く集まっている。大阪市内では比較的緑が多く残っており、著名人の墓や碑のほか、大阪市唯一の滝であるとされる「玉出の滝」が存在するなど、観光スポットとなっている。坂のあるあたりの北西部一帯は下寺町と呼ばれている。上記の7つの坂に学園坂を加えて天王寺八坂とも呼ばれる。
学園坂
○真言坂
生國魂神社の北側にある南北の坂。かつては真言宗の寺院が六坊あった。
天王寺七坂と呼ばれる坂の一つで、一番北に位置し、かつ唯一南北に通る。北側の上り口は千日前通の南(阪神高速高津入口付近)に通じ、上り口に真言坂の顕彰碑がある。南向きに坂を上ると生國魂神社の北の鳥居・石段の前へ至る。坂の名の由来は、このあたりに生國魂神社の神宮寺だった法案寺をはじめとした真言宗の仏教寺院が十坊(「生玉十坊」と呼ばれた)あったことに由来する。これらの寺院は明治時代初頭の神仏分離により撤去され、現在は周辺はマンションやラブホテルが建ち並んでいる。真言坂の両脇もマンションである。現在の坂は自動車が通れる石畳となっている。(南向きの一方通行である。)
○源聖寺坂
坂の下に浄土宗・源聖寺がある。天王寺七坂と呼ばれる坂の一つで、坂の名は、坂の上り口北側に源聖寺があることに由来する 西側の上り口は下寺町の松屋町筋に通じ、坂を上りきると生國魂神社正門の少し南、齢延寺と銀山寺の間を通る。道筋は上町台地上で水平となり、東は谷町筋・生玉南交差点の一つ南の辻へと至る。上り口から途中までは石畳となっているが、途中から階段状になり、少し東南東に向きを変える。かつて石段を上りきった場所に昭和末期まで「源九郎稲荷」があった。コンニャク好きの狸が祀られ、天王寺区史に「こんにやくの八兵衛」という祠があったことが記されている。現在どこへ還座されたかは不明で、生國魂神社に還座されたと記した資料がある一方、同名の末社とは無関係との記述もある。
○口縄坂
口縄坂は、大阪市天王寺区にある坂。「天王寺七坂」のひとつ。「大阪みどりの百選」に選定されている。
・概要
天王寺区下寺町2丁目から夕陽丘町にかけて東西にのびている坂で、東側(夕陽丘町)の標高が高くなっており、途中は石畳の階段になっている。前後の道はそのまま西側は松屋町筋、東側は谷町筋(地下鉄四天王寺前夕陽ヶ丘駅付近)につながっている。「口縄」とは大阪の古い言葉で「蛇」のことであり、坂の下から道を眺めると、起伏が蛇に似ていることからそう呼ばれるようになったとされている。
・周囲
周囲は小さな仏教寺院が多数ひしめいている。坂を登りきった場所の北側にある梅旧院には松尾芭蕉の供養塔がある。南側に織田作之助の文学碑があり、彼の著書である『木の都』の一節が刻まれている。 また、織田作之助が七坂の内、一番愛した坂でもある。
○愛染坂
坂の上に勝鬘院(愛染堂)がある。
○清水坂
清水寺の北側にある。天神坂は大阪府大阪市天王寺区にある坂。天王寺七坂の一つ。天王寺区伶人町と逢阪1丁目との境界に位置する。東西に通じ、西側の標高が低くなっており、東は谷町筋、西側は松屋町筋に接続する。途中、菅原道真を祀る安井神社へ通じており、天神坂の名の由来となっている。かつて、安井神社鳥居の前に「相坂の清水」と呼ばれた名水処があった。現在は坂の上り口から神社脇にかけて清水をイメージした疏水が設けられている。
○天神坂
安井神社(天神(菅原道真)が祀られている)へ通じる坂。
○逢坂
一心寺の北側の国道25号線の坂。逢坂は、大阪市天王寺区にある坂の名称。なお、地名のほうは、「逢阪」(「さか」はこざとへん)と記し、周辺の地理についても本頁にて記載する。
・概要
道路(坂)としての逢坂は、天王寺区逢阪1丁目の「天王寺公園北口交差点」から四天王寺1丁目の「四天王寺交差点」にかけて東西にのびている坂で、現在は国道25号線そのものである。東側(四天王寺)の標高が高くなっている。西側は松屋町筋、東側は谷町筋につながっている。「天王寺七坂」のひとつで一番南にある。
・歴史
平安時代の頃には、坂の上り口にあたる現在の天王寺公園北口交差点あたりまで海であり、このあたりは「合法ヶ辻」と呼ばれ、のちの浄瑠璃『摂州合邦辻』の舞台ともなった。逢坂の名の由来は"合う坂"に由来するともいわれる。江戸時代の頃には逢坂は「あふさか」とよばれ、「合坂」、「相坂」と記すこともあった。近代以前は馬車馬が音をあげるほど急な坂だったと伝えられ、道も狭かった。明治9年(1876年)に茶臼山観音寺の住職が寄付を集めて坂を切り崩して緩やかにする工事を行った。明治時代末期に大阪市電の第三期線建設に伴い、道路が拡張されてほぼ現在の姿になった。
・地理
地名としての逢阪は、逢阪1丁目と2丁目となる。国道25号線を挟んで北が1丁目、南が2丁目となる。東は谷町筋、西は松屋町筋までの範囲である。
がある。これらの坂のある地域一帯はいわゆる「寺町」であり、江戸時代に大阪城下より移転させられた仏教寺院が多く集まっている。大阪市内では比較的緑が多く残っており、著名人の墓や碑のほか、大阪市唯一の滝であるとされる「玉出の滝」が存在するなど、観光スポットとなっている。坂のあるあたりの北西部一帯は下寺町と呼ばれている。上記の7つの坂に学園坂を加えて天王寺八坂とも呼ばれる。
学園坂
2014年1月30日木曜日
通天閣節分福豆まき2014
通天閣の節分福豆まきは、その年ごとに世相を反映したテーマを決めて、展望台屋上や玄関から豆がまかれます。大阪の繁栄と市民の健康、幸福を祈願して開催されます。
所在地:〒556-0002大阪府大阪市浪速区恵美須東1-18-6
交通アクセス:地下鉄堺筋線「恵美須町駅」3番出口から徒歩3分、またはJR大阪環状線「新今宮駅」東口から北東へ徒歩10分
開催期間:2014年2月1日10:00頃~10:15頃
イベント料金:参加無料※展望台へは別途入場料が必要 .主催通天閣観光(株)
問合せ先:通天閣06-6641-9555
http://www.tsutenkaku.co.jp
所在地:〒556-0002大阪府大阪市浪速区恵美須東1-18-6
交通アクセス:地下鉄堺筋線「恵美須町駅」3番出口から徒歩3分、またはJR大阪環状線「新今宮駅」東口から北東へ徒歩10分
開催期間:2014年2月1日10:00頃~10:15頃
イベント料金:参加無料※展望台へは別途入場料が必要 .主催通天閣観光(株)
問合せ先:通天閣06-6641-9555
http://www.tsutenkaku.co.jp
野里の一夜官女祭2014
人身御供の少女を救った「岩見重太郎の狒々(ひひ)退治」の伝説が元となった「野里の一夜官女祭」が野里住吉神社で行われます。府の無形文化財にも指定されている奇祭で、7人の官女とその母親たち、武士から成る行列が、その年の「お宿」を出発し、神社の本殿に到着すると、神事が執り行われます。
所在地:〒555-0024大阪府大阪市西淀川区野里1-15-12
交通アクセス:JR東西線「御幣島駅」またはJR神戸線「塚本駅」から徒歩10分
開催期間:2014年2月20日14:00~16:30頃
イベント料金:見学自由
問合せ先:野里住吉神社06-6471-0277
所在地:〒555-0024大阪府大阪市西淀川区野里1-15-12
交通アクセス:JR東西線「御幣島駅」またはJR神戸線「塚本駅」から徒歩10分
開催期間:2014年2月20日14:00~16:30頃
イベント料金:見学自由
問合せ先:野里住吉神社06-6471-0277
海老江八坂神社節分厄除け祭り2014
海老江八坂神社の「節分厄除け祭り」では、参拝の際、鳥居を鬼とおたふくに見立て、鬼の口から境内に入り、おたふくの口から境内を出ます。厄除祈祷のほか、厄年や新成人による豆まき、甘酒やぜんざいのふるまいなどが行われます。
所在地:〒553-0001大阪府大阪市福島区海老江6-4-2
交通アクセス:JR東西線「海老江駅」から徒歩8分、または阪神「野田駅」から徒歩10分
開催期間:2014年2月3日厄除祈祷/9:00~、ふるまい/「甘酒」9:00~、「ぜんざい」18:00~(なくなり次第終了)
イベント料金:厄除祈祷2500円(当日のみの祈祷料)
問合せ先:海老江八坂神社06-6451-0264
http://ebieyasaka.sakura.ne.jp/
所在地:〒553-0001大阪府大阪市福島区海老江6-4-2
交通アクセス:JR東西線「海老江駅」から徒歩8分、または阪神「野田駅」から徒歩10分
開催期間:2014年2月3日厄除祈祷/9:00~、ふるまい/「甘酒」9:00~、「ぜんざい」18:00~(なくなり次第終了)
イベント料金:厄除祈祷2500円(当日のみの祈祷料)
問合せ先:海老江八坂神社06-6451-0264
http://ebieyasaka.sakura.ne.jp/